いつか、この海のどこかで - 1/3

 三月二日。
 この船の料理人の誕生日である。
 麦わらの一味は前日にこの島、パサート島に辿り着いたところだった。
 港のすぐ背後には断崖が迫り、その斜面には平たい屋根の白壁の家が密に立ち並んでいる。海の青と陸の白のコントラストがとても美しい、風光明媚な島だ。町の中心部は港からほど近い、断崖より手前の部分に位置しており、商店やレストラン、宿屋などが多数軒を連ねているところを見るとそれなりに規模は大きいようだ。
 海賊である一味にとって、海軍基地があるのかどうか、治安はどうかなどの上陸前の情報収集は欠かせない。バカンスに来た旅行客の振りをして偵察に出かけていた航海士と考古学者が船に戻ってくると、皆自然とダイニングに集まった。

記録ログが貯まるのに一週間かかるみたい。治安は悪くなさそうだし、海軍もいないみたいだからそれまで陸で過ごしましょう。あとでお小遣い渡すから、宿は各自でね」
 航海士がそう宣言すると、わっと歓声が上がる。
「お小遣いいくらだ?おれ薬草買い足したいんだけど…」
「久しぶりの上陸ですね〜、ヨホホ!」
「点検したいところがあるからまずはおれが船番するぜ!」
 各々が自由に発言する中、ウズウズが止められない船長の声が響いた。
「よしっ、冒険するぞ〜!」
「ちょーっと待ったぁ、ルフィ!!」
 叫ぶと同時に飛び出しかけた船長を、航海士のゲンコツが床に沈める。
「明日はサンジ君の誕生日でしょ?せっかく上陸するんだし、サンジ君にのんびりしてもらうためにも明日の夜はレストランでお祝いしましょう。サンジ君、お店探すのはお願いしてもいい?」
「ナミさんの頼みなら喜んで!!…でも、そのー、気持ちは嬉しいんだけど、今うちの船、外食する余裕はあるのかい?」
 自慢じゃないが麦わらの一味は万年貧乏海賊だ。サンジが心配するのも無理はない。
「うふふ、こないだの敵襲でたーんまりお宝頂いたから、今はわりと余裕があるの」
「そういうことなら、安くて美味しい店探しておくから任せてね〜!」
「さっすがサンジ君、話が早くて助かるわ」
 明日の夕方にサニー号に集合してみんなでレストランに向かうことに決まり、それまでは自由行動ということで一旦解散となった。

 

「それじゃあ、サンジの誕生日を祝って…カンパーイ‼︎」
 夕方。サンジの誕生日を祝う宴が始まった。治安はいいから少しの間は大丈夫だろうということで、船番のフランキーも参加し、文字通り全員集合だ。サニー号は念のため目立たない場所に移動させてある。
 サンジが選んだのは、そう大きくはないが小ざっぱりとしていて、この島の郷土料理が豊富にメニューに並ぶ店だった。観光客向けではなく地元民向けの店なので、値段も安価で店の雰囲気も和気藹々、おまけに店員の接客も気持ちがいいときている。一味自慢の海の一流料理人が選んだだけあって、味は文句なしに美味しかった。
「こんなに美味しいのに安いなんて、さっすがサンジ君!お店のチョイスが完璧だわ」
「ええ本当、美味しいわ」
「ナミすわぁんもロビンちゅわんも気に入ってくれて何よりだよ〜‼︎」
「この肉うんめェェェ!おかわりっ‼︎」
「おれもおかわりするぞ!」
「美味しすぎてほっぺた落ちそう…って私ガイコツだからほっぺたないんですけども‼︎ヨホホホホ‼︎」
「酒」
「サンジがゆっくり座って食べるってなんか新鮮だな。主役なんだからしっかり飲んで食えよ〜」
「アウ!そうだぜ、サンジ。ほらほら、もっと飲め!」
 座って食べるとは言っても、料理を取り分けたり、空いた皿をまとめたりとなんだかんだと落ち着かない主役を中心に、みんなで飲んで騒いで宴は大いに盛り上がった。

 

 

 宴の後。
 サンジは宿の一室にゾロと共に居た。
 実は、ゾロとサンジはいわゆる恋仲である。
 表向きはみんなに内緒で、ということになっているが、とっくに周知の事実であるということはサンジだけが知らなかったりする。
 何かとトラブルの多い麦わらの一味の船だ。航海中は、皆の目を盗んでキスを交わしたり、特に忙しいサンジの仕事の合間を縫ってそそくさと抱き合うことしかできない。
 しかし、久々の陸である今は、誰の目も、時間も気にせず、柔らかいベッドの上で抱き合える。こんな貴重な機会をお互い逃すつもりはなかった。

 サンジを後ろから抱きすくめ、項に鼻先を埋める。タバコと、どこか甘さの混じった愛しい男特有の匂いを深く吸い込み、その間にも前に回した手はシャツのボタンを外し、スラックスの隙間から侵入し、悪戯をやめない。
「ん…」
 金糸をさらりと揺らし、顔を僅かにゾロに向けキスを強請る。
 ボタンを外し終えた手がサンジの顎を優しく掴み、啄むようなキスを一つ。獣のように分厚いゾロの舌がペロリとサンジの唇を舐め、それを合図にどちらからともなく舌を絡め合い、口付けが深くなる。
「ふっ…んぅ」
 白い肌を薄桃に染め、飲み込みきれない唾液を口端からつと垂らしながら、快楽に染まりつつある潤んだ青がうっとりと見上げてくる。
 何度見ても、気の強いこの男が自分にだけ見せる、欲に染まりきった表情が堪らない。
 そのあまりに扇情的な様に、ゾロの中心がグンと質量を増す。
「ぅあ、ゾ……でかく、すんなっ」
 口では悪態を吐きながらも、瞳に滲む欲望の色はより一層濃さを増す。
「満更でもないんだろ」
 ニヤリと凶悪に笑い、まだスラックスに包まれたままの形の良い小尻に自身をグリグリと押し付ける。
「くそっ……せっかく…なんだ、ベッド、行こう、ぜ……うわっ」
 突然身体がふわりと浮く。次の瞬間、自分の状態を把握したサンジが喚く。なんと、あろうことかゾロにお姫様抱っこされているのだ。
「おろせっ、おれぁレディじゃねェんだ!」
「いいからじっとしとけ。今日はとことん甘やかして、一晩中啼かすって決めてんだ」
「は……何おまえ、もしかして、誕生日祝ってくれてんの?」
 だってそうだ、今日ゾロが取ったのはいつもの安宿や連れ込み宿じゃない。大きくて柔らかそうなベッドに、小さなキッチンまでついた部屋だ。あいつなりの誕生日プレゼントなのかもしれない。
「てめェが生まれて来なけりゃ、今こうやって一緒に過ごすこともなかったわけだしな。めでてェ日じゃねえか」
 普段の鋭さはなりを潜め、優しさだけを纏ったヘーゼルの瞳がサンジを見つめる。悔しいが、完敗だ。
「なんからしくねェけど…ありがとな」
 観念して逞しい首に両腕を回し、肩にことりと頭を預けた。
「いつもそのくらい素直だと、可愛げがあるってもんだがな」
 そう言ってクスリと笑い、優しくサンジをベッドに横たえる。
「たまにだからいいんだろ、クソダーリン」
「はっ、違ェねえ」
 軽口の間にもキスを交わし、愛撫を施し、互いを高めてゆく。
 幾度となく達し、身も心も溶けて混ざり合うのではないかと思えた頃。
 心地よい疲労感の中、二人は微睡の中へと誘われていった。