パンの耳のお話

 今日の昼飯はサンドイッチにしよう、とサンジは決めた。
 つい先日、寄港して食料の買い出しをしたばかりなので、新鮮な生野菜や果物がたくさんあった。いい小麦粉もたくさん手に入ったので、パンも焼いてある。
 いくらメリー号には冷蔵庫があるとはいえ、生野菜、特に葉物野菜は足が早いから、なるべく早く使い切らなくてはならない。
 野菜や果物をたっぷり使ったヘルシーなメニューはナミさんやロビンちゃんがきっと喜んでくれるはず。
 デュフフ、と相好を崩しつつ、サンジは手際よく次々とサンドイッチを作っていった。
 新鮮なレタスとトマト、カリカリに焼いたベーコンを挟んだBLT。
 ツナマヨにレタスを挟んだツナサンド。
 肉好きな船長のために海獣の肉をジューシーに揚げたカツに千切りキャベツ、マスタードでカツサンド。
 他にも、肉肉サンドや鯖サンド、種々のフルーツとクリームを挟んだフルーツサンドなど、定番からちょっと変わり種まで、何種類ものサンドイッチがあっという間に出来上がった。

 最後の仕上げにパンの耳を切り落とそうとしたところで、ゴツゴツと聞き慣れたブーツの音がした。ドアが開き、くあ、とあくびをしながらゾロがキッチンへと入ってくる。
「遅いお目覚めだな、寝腐れマリモめ」
「うっせ、水くれ」
 マリモは植物だから水がなきゃ死んじまうもんなぁ、なんて言いながらも冷蔵庫からレモン水を出してグラスに注ぎ、ゾロに手渡した。それからパンナイフを手に取り、手早くパンの耳を切り落としていく。
 ゾロはテーブルに座って程よく冷えたレモン水を飲みながら、なんとはなしにその作業を眺めていた。
「なあ、そのパンの耳ってどうすんだ、捨てるのか?」
「ふざけんじゃねェぞ、てめェ。このおれ様が大事な食材を捨てるわけねェだろ」
「じゃあどうすんだ?」
「そりゃおまえ、細かくすればパン粉になるし、グラタンに入れたり、フレンチトーストにしたり、使い道は色々あるんだよ」
「へえ」
 興味があるんだかないんだか、気の抜けた返事をしつつ、ゾロは立ち上がってサンジの後ろまで来ると、手を伸ばしてパンの耳を一本取り、ひょいと口の中に放り込んだ。
「あ、こら、勝手に取るんじゃねェ!」
「!」
 軽く目を見開くと、また手を伸ばしてもう一本パンの耳を口に放り込む。
「パンの耳だけでも結構イケるな」
「このパンだっておれが焼いたんだから、耳まで美味くて当然だ。ていうかおまえ、あんまりパン食った事ないのか?」
「あー、故郷では米が主食だったし、故郷を出てからはあんまりロクなもん食ってなかったからな。パンも食べたことくらいはあるが、美味いと思ったことはねェな」
「ふーん……おいマリモ、ちょっとそこで待ってろ」
 サンジは揚げ油の用意をすると、切り落としたパンの耳を揚げ始めた。
 ジュッという小気味よい音をたて、パンの耳がきつね色に揚がっていく。
 揚げ終えたパンの耳を四つの皿に分け、カレー粉、粉チーズ、グラニュー糖、きな粉をそれぞれに振りかけると、パンの耳のラスクの出来上がりだ。
お前は甘いもんあんま食わねェからな、とカップにカレー粉と粉チーズの二種類のラスクを取り分け、ゾロに渡す。
「揚げたてが特に美味いぞ」
 促されて、まずはカレー味のラスクを頬張る。
 カリッと香ばしい食感に、スパイスのピリッとした辛さがアクセントになって、クセになる美味しさだ。
「こりゃあ、酒が飲みたくなるな」
 思わずニカッと笑顔になるゾロにつられ、
「だろ」
 とサンジも思わず笑顔になる。
「このチーズのやつもいいな」
 サクサク、ポリポリ。ゾロの手は止まらず、あっという間にカップは空になってしまった。
「おかわりあるか?」
「ほらよ。そんなに気に入ったか?」
「ああ、これはいいな。次サンドイッチの時また作ってくれ」
(おーおー、リスみたいに頬袋パンパンにして、嬉しそうな顔しちゃってよ)
 出せば何でも食う奴ではあったが、ゾロが自ら食べ物のリクエストをしてくるのはこれが初めてだった。
「美味い」という直接的な言葉はなかったが、実質そう言われたのと同じことだ。
 コックとしての自分を認めてもらったような気がして、何だか口のあたりがムズムズする。
「いいぜ、こんなんで良ければいつでも作ってやる。そういえばおまえ今日不寝番だろ?夜食に酒と一緒に揚げたてを持ってってやろうか」
 にやけそうになる口元を見られぬよう、後ろを向いて返事をする。
「名案だな」
 チラリと後ろを振り向いて見たゾロの顔は、やっぱり笑顔だった。
「さて、だいたい出来上がったし、それ食ったらさっさとみんな呼んでこい」

 これ以降、麦わらの一味の船でサンドイッチが出される時は、こっそり特別に与えられたパンの耳を満面の笑みで頬張るゾロが目撃されるようになったという。