morning sunshine

 素っ裸のまま、気怠い体を起こしてタバコに火をつける。
 肺を満たした煙が外へと出ていくのに紛れ、意図せず漏れた溜息に、傍で眠っていたはずの男が顔を上げた。
「どうした?溜息なんてついて」
「んー、マリッジブルーってやつ?」
 のそりと肘で上体を起こしたゾロが、また一つ溜息をついたサンジをじっと見上げた。
「マリッジブルー?」
「結婚を前にしてブルーになることをそう言うんだよ」
 わずかに視線を逸らしたサンジが、くしゃりと前髪を掴む。昔より長くなった前髪。朝日を浴びてキラキラと輝く金に、ゾロは手を伸ばしてそっと触れた。
「何が不安だ?言ってみろよ」
 びっくりするほどに甘く優しい声だった。年を経て無骨な男が身につけた甘さは、サンジを無力にする。骨から、脳から、グズグズに溶かされて何も考えられなくなる。意地を取り払われた心は、ひどく無防備だ。
「…………」
 それでも、ほんのカケラほどに残った素直になれない気持ちが邪魔をして口を開けずにいると、髪を撫でていたゾロの手が、前髪を掴む手を優しく握った。そのまま自分の方へとゆっくり引き寄せると、手の甲に恭しく口付ける。その密やかな温かさに、小さなカケラは音もなく溶けていった。
「後悔してるか?」
 ふるふると、サンジが首を横に振る。
「後悔なんかしてねェよ。むしろ、こんなに幸せでいいのかなって思う」
「じゃあ一体、何をぐるぐる悩んでる?」
 先程口付けた手の甲を何度も親指でなぞり、サンジが言葉を紡ぐのをゾロは静かに待った。
「強いて言うなら、変わらないこと、かもしれない」
 ひんやりと滑らかな肌の感触を飽きずに楽しんでいると、ようやくサンジが口を開いた。
「変わらないこと?」
「……おれはオールブルーのオーナーだし、おまえは大剣豪。そりゃ時々一緒に海賊もやるが、結婚してもお互い身を置く世界は変わらねェ」
「そうだな」
「んで、おまえがどこぞやで野垂れ死ぬ可能性も変わらずだ」
「……ああそうか」
 ゾロの目尻が穏やかに下がる。
「おまえ、おれが死ぬのが怖えのか」
 まただ。甘く優しい声。
 もう今更、意地を張ることなんかできなかった。
「そうだよ、怖えんだ。おまえがおれを置いていくのが怖い」
「そんだけ愛されておれは幸せモンだなァ」
 屈託のない笑顔を浮かべると、ゾロはサンジの腰を抱いて裸の腹にグリグリと頭を擦り付けた。意外と柔らかな緑の髪がくすぐったくて、動物みたいなその仕草が愛しくて、思わずサンジも小さく笑った。
「おまえはさ、怖くねェの?」
「怖えよ。おまえが死ぬと思ったら、怖くて怖くてたまんねェ」
 何が、とは言わなかった。
 けれど、あやすように頭を撫でながら問うサンジの、あえて口にしなかった言葉をゾロは正確に捉えた。そして、なんの躊躇いもなく心の底にある本当を口にした。
「だから、一人で勝手に死ぬなんて許さねェからな」
「はあ?おまえがそれ言うのかよ」
 心底呆れ返った声を聞いて、ゾロが声を上げて笑う。
「おれァ意外と我儘なんだ。大事な大事なおまえを腕の中から逃さないよう、こんな金属の輪っか一つで縛りたくなるくらいにはな」
 そう言って、サンジの首にかかったチェーンを指で引っ張ると、重なりあった二本の指輪がシャランと音をたてて揺れた。
「バカだなあ。こんなもんなくたって、おれは逃げねェのに」
 クスクス笑って掠めるような口付けを寄越したサンジの腕を掴んで引き倒す。自分の上へと倒れ込んでくる、愛してやまない男の首元で。
 銀色の指輪が朝日を反射して眩しかった。