なぞらふ

 数年ぶりにサニー号に戻ると、コックの分け目が変わっていた。
 久しく隠れていた右目が露わになり、眉尻がくるりと巻いた眉毛に懐かしさを覚える。
 盗み食いをした罰だと、今じゃ海賊王となったルフィに手伝わせながら洗濯をするコックを少し離れた場所から眺めつつ、十九の時みたいで悪くねェな、でも向かい合った時にちょっと目線がずれるな、などと考えていると不意にナミが声をかけてきた。
「あら、やきもち?」
「違ェよ。分け目が変わったなと思っただけだ」
「ええっ、あんただけは絶対気が付かないと思ってたわ」
「おい……」
「ああそうか」
 その時、サッと表情を曇らせたナミがゾロの言葉を遮った。
「あんたはいなかったから知らないのよね……サンジ君が分け目を変えた理由」
「理由?単に色気づいた訳じゃないのか」
 ゾロの問いかけにナミはわずかに逡巡を見せたが、キュッと唇を引き結ぶとゾロを真っ直ぐに見上げた。
「私が今言わなくても、どうせすぐに分かることだから言っちゃうけど……サンジ君ね、左目を怪我したの」
「怪我?」
「ちょっと待って、今詳しく話すから」
 そう言ってナミが話して聞かせた経緯はこうだ。

 

 

 ——あの日。夏島海域を航行するサニー号の甲板で、ナミとロビンはパラソルの下、サンジ特製のフローズンドリンクで涼をとっていた。
 空には雲一つなく波も穏やかで、少し離れたところで漁船が漁をしている。
 この漁船、海賊船であるサニー号を認めるや否や慌てて網を引き上げようとするものだから、モールス信号で危害を加えるつもりはないと伝えてやった。しばらくは恐々と様子を伺っているようだったが、どうやら本気で危害を加えるつもりはないらしいと判断したのか結局そのまま漁を続けている。
 漁船には父親について来たらしい五歳くらいの男の子がいた。滅多に見ることのない海賊船、しかも船首には愛らしいライオンヘッドが付いているものだから、船縁から身を乗り出して興味津々でサニー号を眺めている。
 可愛いものに目がないロビンが、そんな可愛らしい男の子の様子を見てナミの隣で嬉しそうにうふふと笑った。
 ルフィは「おーい、おまえ。ここでっかい魚釣れるのか〜?」と大きな声で男の子に話しかけ、その隣ではウソップとチョッパーがいそいそと釣り竿の準備をしている。
 その他の船員クルーも皆思い思いの時を過ごしており、何かとトラブルに見舞われがちなサニー号に束の間の穏やかな時間が流れていた。
 優雅に読書を楽しんでいたナミは、肌を撫でる空気にかすかな異変を感じて顔を上げた。
 空は相変わらず、少しの曇りもなく青く澄み渡っているが、何かがおかしいと頭の中で警鐘が鳴り響く。ポケットから気圧計を取り出して眺めた瞬間、ナミは自分の勘が正しかったことを悟った。
「ロビン、大変。嵐が来るわ。それもすごく大きなやつ」
「あら。それは大変ね」
 どんなに好天でも、この船の航海士が嵐が来るというならばそれは疑いようのない事実。そのことを知っているロビンは、本を閉じるとパラソルを畳むべく立ち上がった。その横でナミが勢いよく立ち上がり叫ぶ。
「みんな!大きな嵐が来るからすぐに帆を全部下ろして!ジンベエは操舵をお願い!!」
 一瞬にして船内に緊張が走り、それぞれ持ち場へと散って行く。
「おーい、大きな嵐が来るぞー!」
 漁船へと知らせるルフィの声を聞きながら、ナミはギリッと爪を噛んだ。
(あの漁船、大丈夫かしら……なんとか凌げるといいけど)
 それから程なくして、突然空が暗くなったかと思うと急速に暗雲が立ち込め、サニー号は鳴り響く雷鳴と暴風雨に包まれた。まるで急流を流れる木の葉のように、激しくうねる波に船体がもみくちゃにされる。
 船室に避難している能力者の面々を除いた五人は、ともすれば海に攫われそうになりながらも船が転覆することのないよう、ナミの指示に合わせ甲板を駆けずり回っていた。
 嵐で視界は悪いが、少し先で同じく波に翻弄される漁船が辛うじて見える。なんとか転覆せずに済んでいるようだ。
 と、その時。一際大きな波が船を襲った。
 海に放り出されないよう必死に船にしがみつくナミの視界の隅で、漁船から海へと落ちていく小さな影が見えた。はっきりは見えなかったけれど、あれは多分。
「男の子がっ!」
 ナミは咄嗟に悲鳴のような声を上げた。
 同じように落ちる瞬間を見ていたのだろうか、ナミの叫びと同時にサンジがなんの躊躇いもなく荒れ狂う海へと飛び込んで行った。
「サンジ君!!」
 いくら泳ぎが上手いとはいえ、この嵐の中海へ飛び込むなど自殺行為だ。
 ジンベイに助けに行ってもらいたくとも、今は誰一人として手を離せる状況ではない。
 あっという間にサンジの姿を飲み込んだ波間を眺めながら、ナミはただ祈ることしかできなかった。

 

 海に飛び込むと、すぐに濁った水に視界を塞がれた。
 幸い、夏島海域で水は冷たくないので体の動きが鈍ることはない。乱流の影響を少しでも減らすようなるべく深く潜りながら、見聞色を頼りにサンジは少年の元へと急いだ。
 もうそろそろ息が限界、というところでなんとか間に合って沈みゆく少年を抱きかかえると、水を大きく蹴って浮上する。
 ざばりと海面に顔を出すと、これまた暴風雨と波飛沫ですぐに視界を塞がれた。
 何か掴まる物はないかと、我武者羅に伸ばした手の先に触れた物を必死に手繰り寄せる。嵐で破損した船の一部だろうか、それはひと一人が掴まるのに十分な大きさの木片だった。
「絶対助けてやるからな。頑張れよ……!」
 荒れ狂う海の中、命を繋ぐ小さな拠り所を見つけて、ほんの一瞬気が緩んだのだと思う。
 だから、反応がわずかに遅れた。
 気付いた時には目の前に折れて先の尖った木材が迫っていた。
 咄嗟に少年を庇うような姿勢をとると同時に、左目に走る激痛。焼けつくような痛みに気を失いそうになるが、歯を食いしばって耐える。
 視界が真っ暗だ、何も見えない。左目はダメかもしれない。
 それならばと右目を覆っていた前髪をかき上げると、再び荒れ狂う海が目の前に現れた。
(もともと片目のようなもんだ。右目が見えりゃあ問題ねェ)
 あまりの痛みに吐きそうになるのを堪えつつ、少年を抱く腕に力を込める。
(でもあいつ、怒るかもなあ)
 こんな時だというのに、いやこんな時だからこそか、脳裏に浮かぶのは今はここにいない想い人のことだった。

 

 サンジが少年を救出してからそう時間が経たずに、嵐は始まった時と同じく唐突に去っていった。
 幾分流されてはいたが、見聞色で船の位置は把握している。
 嵐が静まるとすぐに、サンジは空を駆けてサニー号へと舞い戻った。
「チョッパー!この子を頼む」
 船に着くなりそう叫ぶと、慌てて出てきた船医が大急ぎで少年を医務室まで連れて行った。
 これできっと大丈夫だろう、そう安堵すると同時に目の奥の痛みが急にぶり返した。なんならさっきよりさらに痛みが強くなっている。多分、チョッパーに早く診てもらった方がいいのだろうが、生憎彼は少年の治療中だ。とりあえず一服して痛みを紛らわそうとシャツのポケットに手を入れると、出てきたのはびしょ濡れの箱。思わずため息をついて箱を握り潰すサンジの元へ、ナミがカツカツとヒールの音を立てて走り寄ってきた。
「……サンジ君のばかっ!!」
「ご、ごめんよナミさ……」
 そう言いかけて、サンジはギョッと目を見開いた。
 ナミの大きな瞳には、今にも零れ落ちそうな水の膜が張っている。
「あんな酷い嵐の中海に飛び込んで、いくらサンジ君でも死んじゃったかと思ったんだから!」
 ナミの怒声が頭にガンガン響き、あまりの痛みに全身に冷や汗が噴き出す。
「ナミさん、心配かけて本当にごめん。……でも、あの子が海に落ちたのを見た瞬間、助けなきゃって思ったんだ」
「それなら、ジンベイに頼むとか他に方法はあったでしょう?サンジ君、そういうとこ昔から全然変わってないんだからっ!」
 痛みはどんどん酷くなる一方だ。
 さっきよりナミの声が遠い。視界もぼやけてきた。
 それでも、ナミの瞳から透明な雫が流れ落ちる音だけは、サンジの耳にしかと届いた。
「泣かせて、ごめ…ナミさ……」
 ぐらり、とサンジの体が傾ぐ。
「え?サンジ君……?」
 そのまま仰向けに地面に倒れ込んだ拍子に、左目を覆っていた前髪がパサリと横に流れた。隠れていた傷が露わになる。
「サンジ君っ!この目どうしたのよ……ねえ!?——誰か、誰かチョッパーを呼んできて!!」
 サニー号に、ナミの絶叫が響き渡った。——

 

 

 ナミに話を聞いてから、改めてルフィと戯れあっているコックを眺める。
 視線に気付いたのか、コックがふいに顔を上げてこちらを見た。
 一瞬交差する視線。
 その瞳からは、なんの感情も読み取れない。
 コックはすぐに視線を逸らすと隣のナミにヘラヘラと手を振り、その隙に脱走しようとしていたルフィの首根っこを掴んで捕まえると何事もなかったかのように洗濯を再開した。
「サンジ君、左目が見えなくなっても全然不都合とかなさそうなのよね」
 何を思ったか、ナミがそう口にする。
「あいつはこの船で誰より見聞色に長けてるんだ。たとえ両目が見えなくなったとしてもそう困りゃしないだろうよ」
 いやそうじゃない、と自分で言いながら思う。
 見えるとか見えないとか、そんなことはどうでもいいのだ。
 あの前髪の下にあるものが、永遠に損なわれてしまった——それも自分の知らないうちに——という事実が、ひどくゾロの胸を突いた。
 表情と同じで、様々に色を変えるあの青い瞳が好きだった。
 共寝をする時に、自分だけが両目を晒したコックを見ることができる。馬鹿げた、でも幸せな、そんな小さな独占欲に柄にもなく浸っていた。

 ——そういうものまで、失うということ。

(ああ、そうだったのか)
 そんな当たり前のことを、今ようやく理解した。
 同時に、二年ぶりの再会で左目の潰えたおれを見たコックの表情かおの、その奥に隠された感情も。
 たかが片目を失ったくらいで『自分』というものの根源は何一つ変わらないというのに、なんでコックがこんな傷付いた顔をするのか分からなかった。
 物言いたげな顔をしてやたらと傷を触ってくるコックに苛立ちさえした。
 あの時と同じで、確かに片目を失おうが『コック』の根源は何も変っちゃいない。
 けど、それでも。
 愛しい者の一部を失うということは、こんなにも身を切られるような痛みを伴うものなのだと初めて知った。
(失くしてようやく気づくたァな)
 これまでの自分の浅はかさと無神経さに、ゾロは思わず重たい息を吐き出した。

 

 世界一の称号を手にしても、変わらずひたむきに強さを求めるゾロが修行と称した放浪の旅に出て、数年ぶりに突然帰ってきたのが今日。
 ただいまの一言もなかったくせに、夜みんなが寝静まる時間になると当然のようにおれを展望室に連れ込みやがった。
 それはまあいい。
 おれだって、一秒でも早く触れたかった。
 年甲斐もなく、余裕をなくして性急に服を剥ぎ取りながら。互いに指で、舌で、頭のてっぺんから爪先まで確かめ合うように触れて高め合う。
 相変わらず、傷一つない美しい背中。
 大丈夫、どこも失くしてない。
 それを確認して、ようやく心の底から安堵する。
「ん……ゾロ」
 ホッとしたらキスがしたくなって、ねだるように幾分伸びた緑髪に差し入れた指に軽く力を込めるとゾロが顔を上げた。
 近づいてくる顔を、目を閉じて待つ。
 さらりと前髪を掬われて、隠れていた左目の傷が晒された。ゾロのとは違って、瞼を縦断するのは雷みたいにギザギザの傷。これでもチョッパーがすごく丁寧に縫ってくれたのだ。
 小さく、息を呑む音がした。キスはいつまで経っても降ってこない。
 仕方がないので目を開ける。
 目に飛び込んできたのは、痛みを堪えるような、でもわずかに怒りも滲ませた隻眼。
 ゾロは何も言わない。動きもしない。ただじっと、失われてしまった左目あたりを穴が開くほど見つめていた。
(しょうがねえなぁ)
 本当、世話の焼けるマリモだ。
「昼間ナミさんと話してた時に聞いてたんじゃないのか?」
「ああ、聞いた」
「じゃあそんな驚くことないだろう。傷がぐちゃぐちゃだったんで、傷跡もこんなになっちまった」
「……見えないのか」
「ああ、もうこっちの目はダメだ」
 瞳の中の怒りの色がほんの少し濃くなる。
 けれどやっぱりゾロは何も言わず、稲妻型の傷を親指でそっとなぞった。
 分かりにくいようでいて、懐に入ってみれば存外分かりやすいこいつの気持ちを察してやるのは簡単だ。見聞色なんて使うまでもない。
 でも今は。そうしたくなかった。
 ちゃんとこいつの口から言葉で聞きたかった。
「なあゾロ。言わなきゃ分かんねェよ」
 ゾロの左手をとって口づけを落としながら、髪から頬、首を通って鎖骨へとあやすように触れていく。
 それから首に手をかけて引き寄せると、一つだけの瞳を真っ直ぐに見つめたままそっと唇を重ね合わせた。
 睫毛の触れ合うくらいの距離で、対角線上に並ぶアンバーとアクアマリン。
 同じ左目の傷。向かい合うと微妙にずれる目線。
「どうせダメになるなら、右目の方がよかったなぁ」
 ポツリと言葉が零れ出た。
「……ッカヤロウ!!」
 途端、おれの肩口にぎゅうと顔を押し付けてきたゾロが、絞り出すように低く叫んだ。
「そういう問題じゃねェだろ!おれのいない所で、勝手に失くしてんじゃねェよ!!」
 ハッハッと肩に当たる息が熱い。
 そうかなとは思っていたが、それで怒ってたのか。そんでさ、自分の一部が欠けたみたいに痛むんだろ。——分かるよ、ゾロ。
「やっと分かったかよ、ニブマリモ」
 ニヤリと笑ってやると、顔を上げたゾロが罰の悪そうな顔をした。どうやら自覚はあるらしい。その顔を見ていたら、ちょっと苛めてやりたくなった。
「でもよ、いつどこで失くそうがおれのカラダだろ。おれの勝手だ」
「違ェよ」
「何が」
「てめェのカラダは全部おれのもんだ。そんな勝手は許されねェ」
「……ハッ」
 そう来たか。ほんと業突く張りなヤロウだ。でもおれだって、同じくらい。
「てめェこそ、おれのメシで作り上げたそのカラダ、ほんの一欠片だって勝手に失くすんじゃねェぞ」
「……善処する」
 今度は声を出して笑った。
 そんなおれの口を塞ぐかのように、ようやく求めていたキスが与えられる。
 すぐに分厚い舌が入り込んできて、じゅうと強く舌を吸われた。
 負けじとおれも舌を絡め、どんどん深くなるキス。
 夢中になってキスをしながら太腿にゴリゴリと当たる剛直に指を這わせると、同じく勃ち上がって蜜をこぼし始めたおれ自身を握り込まれる。
「ぁ、あ…ゾッ……!」
 口内を犯されながらそのまま追い上げるように竿を上下に扱かれ、もう片方の手で乳首や玉を刺激されておれは呆気なくイッた。
「悪ィ、あんま余裕がねェ」
 眉間に皺を寄せてそう言うと、ゾロはおれの出したモノを潤滑剤代わりにまだ固く閉じている蕾に塗り込め、解すのもそこそこに太く熱い杭で一気に貫いた。
「ぅアアッ!」
「痛ェか」
「い、や…きもちぃ、……んあ!」
 数度馴染ませるように動いた後の、容赦ない激しい抽送。
 打ちつけられる腰の激しさとは裏腹に、つぶれた左目に何度も何度も優しいキスが降ってきた。

 ——ああ、たまんねェ。

 溢れる愛しさに溺れそうだ。
 幸せで、幸せで、言うつもりのなかったとっておきの秘密を教えてやろうという気になった。
 快感で飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止め、自慢の足を巻き付けてゾロの動きを止める。そのままゾロを押し倒して騎乗位の体勢に持ち込んだ。
「んっ……」
 自重でより深くなった結合に恍惚の表情を浮かべてゾロを見下ろす。
 快感の波が少し引くのを待ってから、ゾロの引き締まった腹に手をついてゆるゆると上下に腰を動かし始めた。
「あ…おれ、の……とっておきの秘密、ンッ……教えて、やる——ああっ!」
 もどかしいのか話を聞く気がないのか、いきなりズン!とゾロが下から突き上げてきた。
 続けて繰り返される突き上げを右腕一本で耐えながら、なんとか左目に持っていった左手で閉じた瞼を持ち上げる。
 その瞬間、ゾロの動きが止まった。
「へへ……傷だけじゃなくて、こっちまでお揃いにしちまった」
 瞼の下に隠されていたのは、ゾロと同じ、琥珀色の瞳。
 あの怪我で、眼球まで潰れてしまって取り出さざるを得なかった。
 瞼の筋肉もイカれて閉じっぱなしになったから別にそのまんまでもよかったけど、ふと思いついちまった。
 相談したから、チョッパーだけはこのことを知ってる。
 なかなかいいだろう?コレ。
 オッドアイって言うのかな。
 おれおまえの目の色好きだったからさ……その左目の代わりって訳じゃねェけど。
 な、オソロイ。
 言い終わらないうちに、息が止まるくらい強く抱きしめられた。
 シャラン、とゾロのピアスが無垢な音を立てる。
 そっからもうめちゃくちゃに抱かれて。
 数えきれないくらいイッて、そこから先の記憶がない。

 

 するり、するり。
 肌をくすぐる感覚で目が覚めた。
 皮が分厚くて剣ダコがあって。ああ、ゾロの手だ。
 左目の傷を撫でる手は、時々前髪をサラサラと遊ばせ、しばらく瞼の上で手を止めてから、また傷を撫でる。
 するり、するり。サラサラ。するり。
 その心地よさに再び眠りかけたところで、ゾロがおれの左瞼を持ち上げた。驚いて目を覚ますと、作り物の琥珀をじっと見つめるゾロと目が合った。
「……なにしてんの」
「いや、コレ変えられねェのかと思って」
「義眼のことか?チョッパーに聞いてみないと分からねェけど……」
「青にしろ」
 はぁ?と思わず間の抜けた声が出た。
「なんでだよ。おれはコレが気に入ってるんだ、そんなに青がよけりゃおまえのその左目に入れろ」
「それじゃあ意味がねェ」
「なンでだよ」
「青は……てめェのにあるからいいんだ」
 一瞬、時が止まったかと思った。
 大きく目を見開き、それからじわじわと首から上が朱に染まる。
「な……んだよ、それ」
「言葉で言えって言ったのはてめェだろ」
 そんなおれの様子をみて、ゾロがニヤリと笑って言った。
「せめておれのいる間だけでも青にしとけ」
 (大失敗だ。言葉を覚えたマリモの破壊力がこんなにすごいなんて聞いてねェ……!)
 そんなことをグルグル考えていたら、くあ、とあくびをしたゾロに抱き寄せられた。筋肉質な腕と胸板に囲われ、どくん、どくんと規則正しく命を刻む音とゾロの匂いで世界がいっぱいになる。
 温かくて、心地良くて、抜け出す気も起きずにされるがままになっていたら、またとろりと眠気が忍び寄ってきた。
 霞ゆく意識の中、ほんの少し顔をあげゾロの左目をするりと撫でる。
(あいつをなぞらえたこの琥珀……離れてる間だけ、ってのも悪くないか)
 それから小さなあくびを一つすると、そのまま眠りの淵へと落ちていった。

 

 

 

*あとがきのようなもの*
このお話は、えぬ。さんの「サンジ君が後々片目を失って分け目を変えたりした時に、二年後の再会の時どれだけサンジ君を傷つけたか何十年か越しに痛感するゾロ」という呟きに性癖串刺しにされ、お話にする許可をもらって書いたものです。
そしたらなんとえぬ。さんが挿絵まで描いてくださいました!!
なのですごく自分の中で思い入れのあるお話です。