マル・ダムール

「ぁ…ん、ん…………ッア」
 夜の格納庫に、押し殺した嬌声とはしたない水音が響く。
 犬のように四つ這いになり、後ろからゾロに遠慮なく突き入れられ、ぐわんぐわんと揺れる頭でサンジは考える。

 ——こんなはずじゃなかった。

 こんなことになると分かっていれば、あの時誘いになど乗らなかったのに。

 

 *

 

 始まりに大層な意味などなかったはずだ。
 なかなか次の島に着かず航海が長引いていたある晩、どんな経緯でかは忘れたが、おれとゾロは珍しく二人で酒を飲んでいた。
 前の島を出てから一ヶ月以上は経っていたから、ゾロはきっと溜まってたんだろう。欲を発散できれば誰でもよかったのか、そうするのが当たり前みたいな顔をして手を伸ばしてきた。
「なに、やりてェの?」
 結構酔っ払っていたし、おれも大概溜まっていたから、ちょうどいいやくらいの気持ちで誘いに乗った。擦り合いだけかと思いきや半ば強引に組み敷かれて突っ込まれたのにはさすがに少し抵抗したが、案外気持ちよくてそんなことはすぐにどうでもよくなった。
 別にゾロのことが恋愛対象として好きだったとかそんなことは全くない。
 酔った勢い、ギブアンドテイク、ワンナイトラブ。その程度の、行き当たりばったりの行為だった。ゾロだってきっとそうだったんじゃないだろうか。
 一つ目の誤算は、ワンナイトラブと呼ぶにはいかんせん距離が近すぎたことだ。一夜限りでもう二度と会わない関係ならまだしも、同じ船に乗る仲間だ。嫌でも毎日顔を合わせる。
 さらに二つ目の誤算は、手軽さだか穴の具合の良さだかに味をしめたらしいゾロが、頻繁に手を出してくるようになったことだった。肌を重ねれば自然と情も湧く。しかも、体の相性がバッチリなものだから余計にだ。そして、肌を重ねれば重ねるほど、仲間達は知らないであろうゾロの姿を知るようになった。それは困ったことに、おれにとって好ましいものだった。
 そう、最大の誤算は、ゾロに惚れてしまったことだ。なんと不毛な。いくら頻繁に手を出してくるとはいえ、キスの一つもしなければ、睦言の一つもないのだから、ゾロとしては単なる性欲処理でしかないのだろう。
 そんなカラダだけの関係にこんなややこしい感情を持ち込んだら終わりだ。むしろ、「もうやめようぜ」とこっちから終わらせてしまえばよかったのかもしれない。なのに、芽生えた気持ちを押し隠してズルズルと肌を重ね続けたのがおれの過ちだった。そんなことをしても芽生えた気持ちがなくなる訳はなく、育ち続ける一方だったのに。

 

 *

 

 冷えていく心とは裏腹に、竿を扱かれつつ小さく尖った乳首をこねくり回され、同時にイイ所を容赦なく突かれて体は火照る一方だ。全身の血が沸騰したみたいに熱くてグラグラする。茹だって朦朧とした頭ではとんでもないことを口走ってしまいそうで、サンジは目の前の大砲に必死に顔を押し付けた。
 ヒヤリと冷たい鉄が火照った頬に心地良い。どうにかなりそうな頭も少し冷静になれそうな気がする。
 夢中になって大砲に頬や額を擦り付けていると、突然ズルリとゾロが自身を引き抜いた。
「んあっ」
 乱暴にひっくり返され、ぐるりと視界が反転する。見上げた先には、ギラギラと光る剣呑な瞳。
「他のモンに気ィ取られるたァ余裕だな」
「は? ……な、に」
 抗議の声を上げる間もなかった。膝裏を掴んで両肩に押し付けられると、天井を向いた尻穴に衝撃が走る。ゾロが一気に根元まで挿入したのだ。
「————ッ!」
 冗談じゃなく目の前に星が飛んだ。息を吸おうとはくはくと口を動かすのに、一向に肺に酸素は満たされない。息が苦しい。
 そんなサンジに構うことなく、ゾロはガツガツと腰を打ち付けてきた。まるで凶器のような剛直がぷくりと膨らんだ前立腺を掠め、奥へ奥へと侵入する。その先端が固く閉じた部分に触れた時、ぞわりと全身に怯えが走った。
「いや…だ、ア、ぞろ……っ」
「へェ」
 いっそ残忍にも見える歪んだ笑みを浮かべて、ゾロが舌舐めずりをする。と、そのままノックするように小刻みに腰を動かしだした。
「んああ、ゾ、やめっ……あっ、ん、ん、や………ぁああ!」
 ゾロの先端がぶつかる度に感じる肌が粟立つような不快感に混じって、くすぐったいようなもどかしい感覚を体が拾い出す。それは徐々にじんわりと痺れるような疼きに変わり、明らかな快感として神経を遡り脳に強烈な刺激を与える。

 ——やだ。イヤだ、怖い。

 強すぎる快感にサンジは恐怖を覚えた。このままじゃ頭がぶっ飛んで、タガが外れてしまう。そしたらきっと、ゾロに縋り付いて、歪んだ笑みを浮かべる唇に食らいついてキスをし、好きだ惚れてるてめェが欲しいと恥も外聞もなく喚き散らしてしまうに違いない。

 ——そして、全部終わっちまう。

 ハッと我に返り、無意識にゾロに向かって伸ばしかけていた両手を引っ込める。ついでに顔も背けると、顎を掴んで無理矢理正面を向かされた。
「なんで手を引っ込めた」
「なんで、って……」
 怒ったようなゾロの目が、真っ直ぐに見下ろしてくる。
「縋り付きたきゃ、手を伸ばせよ」
 律動は止まらない。疼きは渇きとなり、全身を駆け巡る。
「おれは、てめェが欲しいから手を伸ばした」
 サンジの目が驚愕に見開かれる。
「てめェだっておれが欲しいんだろう? だったらちゃんと言え。勝手に諦めるんじゃねェ!」
 まあるいガラス玉みたいな目から、涙が一筋こぼれ落ちた。
「……ぞろ」
 一度引っ込めた両手を、ゾロに向かって真っ直ぐに伸ばす。
 その手が、ゾロの首を強く強く掻き抱いた刹那。
「ゾロ、好きだ。てめェが欲しい」
 頑なに閉じていた扉をようやくゾロがこじ開け、サンジは精を放つことなく快楽の海に溺れた。