結婚式は騒ぎの後で

 お宝の情報を得るためにとあるパーティーに潜入することになった。
 ドレスコードは「婚礼衣装」。
 今回の潜入メンバーは、ゾロ、サンジ、ウソップ、ナミ、ロビン。船長はなんとか自分も行こうと画策していたが、トラブルを起こすからダメとナミにすげなく却下されていた。
 ナミ、ロビン、サンジの三人で貸衣装屋に出向き、五人分の衣装を見繕う。そうして選んだのは、ゾロが黒五つ紋付羽織袴、サンジが白のタキシード、ウソップがパジチョゴリ風の衣装、ナミが純白のウェディングドレス、ロビンが紫紺のマーメイドドレス。
 華やかにドレスアップした五人は、いざ会場へと向かった。

 パーティー会場は様々な婚礼衣装でドレスアップした人々で賑わっていた。
 そんな中、ゾロは会場の端の方で壁にもたれかかってひたすら酒を煽っていた。
 ゾロは情報収集が別段得意というわけではなく、今回は主にはトラブルが起きた時の対処要員の役割で同行している。とりあえず、見聞色の覇気で探った範囲では自分達の正体に気付いた者はいないようであり、酒を煽りながら今度は会場に散った四人の様子を窺った。
 多少歳をとったとはいえ、その美貌とスタイルの良さは健在のナミとロビンは会場の中でもひときわ目立ち、男性客から次から次へと声をかけられている。この調子だと、特に問題なく情報を集めてくるはずだ。
 ウソップは、持ち前の人当たりの良さと軽妙なトークで男性女性関係なく会話の輪に入り込んでいる。こちらも特に問題ないだろう。
 そして……とゾロはこちらもある意味目立つ、輝くような金髪に白いタキシードを身に纏った料理人に目を向けた。
 出会った当初短かった髪は、今や肩あたりまで伸びてゆるくウェーブし、その髪を後ろでゆるく一つに結んでいる。年齢とともに多少は自制が効くようになったようで、抑えるべき場所ではメロリンを封印できるようになった男はスマートに女性をナンパして回っている。
 元々、黙っていれば見目よく振る舞いも紳士的な男だ。メロリンさえ封印してしまえば昔のように相手にされないなどということはなく、ナンパされた女性達はうっとりとした顔でサンジを見つめていた。
(チッ、気に入らねェな)
 ゾロは不機嫌さを隠そうともせず、眉間に盛大に皺を寄せてまた酒を煽った。
 しかしゾロとて。
 人相が悪く近寄り難い雰囲気ではあっても、精悍な顔つきとよく似合った袴姿に、どこか危険な香りを漂わせているこの男も会場の女性達の目を奪い、先程から途切れることなく声をかけられていた。——どんな美女に声をかけられても、チラリと見ることすらせず酒を煽り続けていたが。

 一切相手にされず諦めた女性達が離れて行き、これでまた静かに酒が飲めると思った時、よく馴染んだ気配を近くに感じた。
 顔を上げると、人二人分ほど離れて同じく壁にもたれかかったサンジが目に入った。
「よお、大剣豪。ずいぶんモテてんじゃねーか。ま、おれのがモテるけどな」
 前を向いたまま、タバコに火をつけながら話しかけてくる。
 ゾロも前を向いたまま、酒を煽りつつ答えた。
「あんなのはうるせェだけだ。こんなことで張り合うなんざ、てめェは相変わらずアホだな」
「あぁん!?やんのか、コラ」
「今は潜入中だろうが。騒ぎ起こすなってナミが言ってただろ」
「クソッ……!」
 売った喧嘩をサラリと流され、サンジはイライラしたようにタバコをスパスパと忙しなく吸っていたが、やがて何を思いついたのか、突然クスクスと笑い出した。
 怒ったと思ったら突然笑い出したり、一体このグル眉の頭の中はどうなってるんだと半ばゾロが呆れていると、青の瞳がチラリとゾロの方を見た。
「なあ、覚えてるか?十九の頃だったかな、ねじまき島で今みたいな服着たことあったよな」
「ああ、あったなそんなこと。メリー取られて、着替えがないから貸し衣裳屋で借りたんだったな」
「そうそう。おまえが袴でおれがタキシード」
「今と一緒だな。今回はてめェが選んだのか?」
「ああ、男の分はおれが選んだ。刀を隠すのに都合がいいからおまえは袴にしたんだ。……まぁそれに、てめェは袴がよく似合うから」
 少し照れ臭そうに、タバコをピコピコさせながら話すサンジに自然と頬が緩む。
 似合うと言われて悪い気はしない。昔は天邪鬼だったサンジだが、最近はこんな風に少し素直になることが増えた。

 ——たまには、自分も素直になってみようか。

「その白いタキシード、てめェの白い肌によく合ってておれァ気に入ってる」
 ゾロの言葉に、サンジがキョトンとあどけない顔になる。
「どうした、なんか悪いもんでも食ったか」
「食ってねェよ」
 変なやつ、と目元をうっすら赤く染めて呟くサンジを見たら、ふいにつるりと言葉が口からこぼれ出た。
「お互い気に入ってんなら、おれ達の時はおれが袴、てめェがタキシード着るのがいいな」
「いやなんの話……え?」
 そう言うなり言葉を失い、こぼれんばかりに目を見開いたサンジの口からポロリとタバコが落ちる。
 微動だにしないサンジの代わりにタバコを拾いながら、ゾロは己が何を口走ってしまったかを自覚した。
 いいなと思ってしまったのだ。
 心さえ繋がっていれば証だの形式だのはなくてもなんら問題はない、今でもその考えに変わりはない。
 でも、大切な仲間に祝福されこいつが幸せそうに目元を染めるなら、そういうのも悪くないと思ったのだ。
 同じく黙り込んでしまったゾロを見て、ようやくサンジは我に返った。
 自惚れじゃなければ、今のは——。
「何おまえ、もしかしてそれプロポーズのつもりか?」
 あえて軽く返してみる。
「あ?あー、そういうことになる、のか……?」
 珍しく歯切れの悪いゾロに、思わず吹き出した。
「自覚なしかよ、タチ悪りィ。だいたいプロポーズするならもっと気の利いたセリフにしろってんだ。じゃないとおれみたいなモテる男は落とせねェぞ」
 ニヤリと笑うサンジに、ゾロもハッと笑って返す。
「すでに落ちてるくせに何言ってんだ」
「んなっ、落ちてなんかねェ!おれはまだ可愛いレディと結婚する夢を捨てちゃいないからな、こんなむさ苦しいマリモ野郎なんざお断りだ!!」
 形勢逆転。これだけムキになるのは、そうですと言っているようなものだ。ゾロはトドメを刺すべく口を開いた。
「いや、てめェにもう女は抱けねェから諦めろ。——それにもう、おれもてめェ以外抱けない体になっちまった。そうなった責任は、ちゃんと取ってくれるよなァ?」
 いかにも海賊らしい、悪い笑み。
 その顔で、そんな台詞。勝てるわけがない。
 しかしこのまま負けっぱなしも癪なので、サンジはささやかな抵抗を試みた。
「おれも漢だ、そこまで言われるんなら責任は取る。でもなんで突然プロポーズなんてしようと思ったんだよ。おまえは結婚はおろか、結婚式なんざ興味もなければ死んでもしないタイプだろ」
「まあな、別に今もてめェさえいれば、結婚とかあんな形式上のものに興味はねぇよ」
 でもな、と二人きりの時でもたまにしか見せない柔らかな表情を向けられて、サンジはドキリと心臓が高鳴るのを感じた。
「てめェはすぐ余計なこと考えるから、多分そうやって目に見える形があった方が安心すんだろ。それに……みんなに祝われて、幸せそうに笑うてめェの顔が見たいと思ったんだ」
 ——ダメだ、完敗だ。
 ささやかな抵抗すら花と散った今、サンジが潔く負けを認めようとしたその時。

「肉〜〜〜!メシ〜〜〜!!」

 トラブルを起こすからと強制的に留守番させられていたルフィが、我慢しきれなかったのだろう、パーティー会場に飛び込んできた。
 海賊王の乱入に、会場内が騒然となる。
 ナミは青筋を立ててルフィを睨みつけ、ロビンはクスクス笑い、ウソップはあんぐりと口を開けたまま固まっている。
 ソロとサンジは顔を見合わせ軽くため息をつくと、ニッと笑いあう。
「なあゾロ」
「なんだ」
「善は急げだ。船に戻ったらそのまま式挙げようぜ。おまえが袴、おれがタキシードで丁度いいしな」
「いいな、それ。そんじゃあまずは船長を回収するか」
 こんなドタバタの中、あまりに突然できっとみんな驚くだろう。
 それでもきっと、賑やかで、楽しくて、最高に幸せな結婚式になるはずだ。
 そのためにまずは現状打破。
 二人はもう一度顔を見合わせると、ご馳走にかぶりついている船長に向かって走り出した。