待チ人、遅イガ来ル

「買い出しも終わったし、メシでも食いに行くか」
「その前におれァ刀を研ぎに出してくる」
「じゃあおれは食材を船に置いてくるから、あとであそこの店で待ち合わせな」
 そう言って別れたのが、一時間前。

 ——そして今。
 あれから二時間ほど経ったが、案の定マリモ野郎がやって来る気配はない。
「ったく、とんだファンタジスタ野郎だぜ……」
 わざわざ刀鍛冶の店の目と鼻の先にある店を指定したというのに、何をどうしたら迷子になるのかまったくもって謎だ。
 まあでも、待ち合わせをしてゾロが来ないのなんていつものことだ。
 それを分かっていてあえて待ち合わせをするのは、待ち人を今か今かと待ちながら過ごす楽しさを知ったから。
 一人カウンターに座ってウイスキーをちびちび舐めつつ、隣に座った客との世間話を楽しんだり、マスターと料理や地元の特産品なんかの話に興じたり。時には麗しいレディとワイン片手にほんのひと時語り合うなんていう幸運に恵まれることもある。
 待っている間、見聞色は使わない。
 だってその方がワクワクしていいだろう?
 いつ来るかわからないのを待つから楽しいんだ。
 タイムリミットは、その日の自分の気分次第。
 今日は三時間ほどで席を立った。
 いつものことだが、待っている間にゾロが来ることはないので今日も一人で店を出る。
 程よく酔いが回り、マスターから安く仕入れができる店の情報も聞けて上機嫌で鼻唄なんか歌いながら歩いていたおれは、後をつける複数の気配を感じて立ち止まった。
「あーあ、せっかくのいい気分が台無しだ」
 はあ、とため息を一つつくと後ろを振り向く。
 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた野郎が一、二……四人。
 これもわりとよくある事。
 金の髪か、男にしては白い肌か、この抜群のスタイルか。何が男どもの下心をくすぐるのかは知らねェが、そんな物好きあいつ一人で十分だ。
「……腹ごなしにもなりそうにねェな」
 トン、と爪先で地面を一つ蹴って駆け出そうとしたところで、おれはピタリと動きを止めた。
 おもむろにスーツのポケットからタバコを取り出すと、殊更ゆっくりと火をつけ、見せつけるように喉を反らせて夜空へと細く煙を吐き出す。
 クソ野郎どもの喉がゴクリと鳴る音がやけに響いた。
「おまえさあ、なーんでいつもこういうタイミングで来るわけ?」
 振り向いた先、角を曲がって現れる三本刀の物騒な男。
「あ?もう店は出たのか」
「あたりめーだ、バカ。何時間経ったと思ってやがる」
「そりゃ悪かった」
 ブツクサ言うおれの隣に来ると、ゾロはどうしたものかと成り行きを窺っているクソ野郎どもに鋭い視線を向けた。凶悪すぎてそれだけで人を殺せそうだ。
「ヒッ……!」
「おい、おれの連れに用でもあんのか?」
「いっ、いえ!たまたま通りかかっただけで……失礼しました!」
 回れ右をして脱兎のごとく逃げていくクソ野郎どもの背中に、おれは二度目のため息をついた。
「くだらねェ。相手にするまでもなかったな」
「てめェはなんでそんなくだらない奴等に絡まれてんだ」
「どっかの迷子マリモがおれを放ったらかしにするからだろ」
 そう言うと、ゾロがニヤリと片方の口角を上げた。
「へェ?おれがいなくて寂しかったか」
「残念、一人で十分楽しんだぜ。おまえが来ないなんてのは分かりきってるからな」
「じゃあなんでわざわざ待ち合わせなんてすんだ?」
「さあな、秘密」
 話は終わりとばかりに、短くなったタバコを靴の裏で踏み消す。
 それにしても不思議だ。
 待ち合わせの店に来れた試しはないくせに、店を出た後の絶妙なタイミングでこの迷子マリモは必ずおれの所にやってくる。
 頭の中をめぐる疑問が、知らず口から飛び出していた。
「いっつも待ち合わせには来ないくせに、おれの所には狙ったようなタイミングで来るよな」
「てめェのツラを思い浮かべりゃあ自然に足がてめェの所に向かう。タイミングは狙ってる訳じゃねえ、なぜか時間がかかっちまうだけだ……もしかしててめェが迷子か?」
「迷子はおまえだクソ緑!!」
 なんでこいつはこんな小っ恥ずかしいセリフを堂々と。
 帰巣本能ってやつか?こいつの帰る場所はおれってことか!?
 一瞬にして耳まで染まった朱を見られないよう、思いきり顔を逸らして叫ぶ。
 しかし流石ケダモノ。そんなおれの変化に目敏く気付いたらしい。
 嬉々とした声で「さっさと宿行くぞ」と言うと、まるで麻袋でも担ぐみたいにひょいとおれのことを肩に担いで歩き出した。
「宿はそっちじゃねえ、こっちだ!!」

 ——待チ人、遅イガ来ル。
 それが分かってるからこそ待つのが楽しいし、次もまた待ち合わせしちまうんだろうなあ。チクショウ。