初めて

Side SANJI

 思えば、あいつとの時間はおれの人生における『初めて』の連続だった。

 一番最初は、出会った時。
「自分の」野望のために命を捨てることも厭わない奴に会ったのは初めてだった。
 あれはちょっと、いや正直かなりの衝撃だった。
 自分の足を切ろうとするなんていう、おれの地雷を踏んだのもあいつが初めてだし。
 ああそれと、あんなに方向音痴な奴に出会ったのも初めてだ。
 初めてキスしたのも、セックスも、しかも野郎相手に体を開くなんてのもあいつが初めてで。
 でも、不思議と嫌じゃなかった。
 ムカついて、負けたくなくて、認められたくて。でもそれと同時に自分ではどうしようもないほどに愛しいと思ったのだ。レディに感じる「好き」とは全然違った。こんなのは初めてだった。

 スリラーバークでは。
 死にかけの人間を見るのは初めてではなかったけれど、あんな、自分でもどう名前をつけていいか分からない感情が胸の内に渦巻いたのは初めてだった。
 いまだに、あの感情につける名前をおれは知らない。

 それから、「自分のことを殺せ」だなんて頼んだのもあいつが最初で最後だ。
 そんな突飛な願いを何も聞かずに受け入れてくれたのも。
 なあ、ゾロ。
 もしおまえに仲間殺しの十字架を背負わさずに済んで、この先もルフィの隣に並び立って旅を続けることができるとしたら。
 まだ知らないたくさんの『初めて』を経験することができるんだろうか。
 それって悪くないんじゃねえの?
 だからさ、おれは限界まで戦って、足掻くから。
 おまえも——必ず生きて会いに来いよ。

 


 

Side ZORO

 初めてコックを見た時に思ったのは、『変な眉毛』と『軟派でいけ好かない野郎』。
 意外に一本筋が通っているところは悪くなかったが、第一印象がそんなだったし、何かとギャンギャン口を出してくるのが煩わしくて、必要以上には関わるまいと決めた。

 なのにどこで歯車が狂ったのだろうか。

 そもそも、狭い船の上で事あるごとに喧嘩をふっかけられては距離を置けるはずもなく。次第に自分からも喧嘩をけしかけるようになり、気付けば誰よりも距離が近くなっていた。
 コックとの喧嘩は、幼馴染と剣の修行に明け暮れた日々を彷彿とさせる。
 つまり自分は、いけ好かないと思っていた相手との喧嘩を楽しんでいるのだと自覚した頃の、とある朝のことだった。
 一面瑠璃色だった世界にわずかに朱が混じりだした、彼は誰時。
 船縁に立って煙草の煙を燻らせながら、遠い目をしてぼんやりと海を眺めるコックは、まるで今にも海に溶けて消えてしまいそうな気がした。その瞬間、『繋ぎ止めておかなくては』と唐突に思った。
 だから、コックを抱いた。なんとなく、そうするのが正しい気がした。
 自分から求めて誰かを抱いたのは、コックが初めてだった。
 それからしばらくして、キスもした。生まれて初めて自分から望んだキスだった。

 けれど、それじゃあ『繋ぎ止めておく』なんてことは全然できなかった。
 スリラーバークでは代わりのコックを探せなどと宣って命を投げ出そうとするし。
 相変わらずすぐに自分の体を盾にするし。
 ゾウでは、書き置き残して消えやがるし。
 おれの前から勝手にいなくなるなんて許せねェ。
 ——執着。
 それに気付いて初めて、自分がコックに惚れているのだと自覚した。

 そして迎えた鬼ヶ島への討ち入り。
 正気じゃなかったら殺せなどと、珍しく頼み事をしてくるコックにおれは言ってやった。
「それまで死ぬなよ」と。
 初めてちゃんと、コックを繋ぎ止められるような気がした。
 でもこれだけで本当に大丈夫か?
 だから、この戦いが終われば「てめェに惚れてる」と初めて伝えて。
 ようやく打ち込むことができた楔を、より強固なものとするのだ。