天つ風

 今日もいい風が吹くわ。
 
 そんなナミの予報通り、甲板を爽やかな海風が吹き抜けていく。空は快晴。気温は暑すぎず、寒すぎず。嵐も敵襲もない平和な午後。最高の昼寝日和だ。
 そんなわけで、いっちょ昼寝でもするかと甲板のベストスポットを陣取ってごろりと横になると、ナミの困ったような声が聞こえてきた。
「おかしいわね。もうすぐ次の島に着くはずなのに、ちっとも島影が見えてこないわ」
「もう少ししたらきっと見えてくるって」
「うーん、でも……」
「ナミさん、気になるならおれが空から見てこようか」
「そうね、空からならもう少し先まで見えるかも。サンジくん、お願いしてもいい?」
「もちろん!」
 お役に立てて嬉しいよ〜、なんてデレデレと溶けた声の後に、タンッと甲板を蹴る音がする。軽く右目をあけると、空中へと飛び上がったコックの背中が見えた。
 タンッ、タンッ、タンッ。軽やかに、リズミカルに、コックが宙を蹴る。自由自在に空を翔けるその姿を見るたびに、おれには見えないだけで、アイツの背中には透明な羽根が生えているんじゃないかと、バカみたいな考えが頭をよぎる。
 それから、ほんの少しの恐怖も。
 アイツは根無草みたいなところがある奴だから、そのまま空を渡る風に吹かれて遠く遠く、遥か遠く、二度と手の届かないどこかへ飛び去ってしまうんじゃないか、なんて。
 そう、おれは何かが、誰かが、おれの腕からコックを奪い去るのを心のどこかで恐れている。これまた自分らしくない、馬鹿げた考えだ。
 ただ、それは裏を返せばそれだけコックという人間に魅せられていて、もう手放せないところまで来ているということで。
 
 ——さて、どんな枷を負わせりゃいいか。
 
 なんてことを本気で考える。

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