狂気の沙汰だと思った。野望じゃなくて、命を捨てるなんて。
まるで子どもが大人相手に戦っているようだった。それくらい、力の差は明らかだった。
あの有名な、魔獣と呼ばれるほどの海賊狩りですら世界最強の剣士相手には手も足も出ないのかと、ただ見ているだけのおれですら絶望を感じたというのに。胸を刺され、剣を折られ、敗北を突きつけられてなお、あの男の剣士としての誇りは一ミリたりとて折れてなんかいなかった。
刀を鞘に納めた海賊狩りが、両手を広げて鷹の目に向き直る。
その行動が何を意味するのかを知った時、イカれてんなと思った。狂気の沙汰だと。
けど、狂気っていうのは美しさと紙一重、表裏一体だ。事実、おれはどう見ても狂ってるとしか思えない海賊狩りの姿を、堂々と立つその背中を、美しいと思ってしまった。
こんなにも美しく狂っているものがこの世にあるのだと知ってしまった。
鷹の目が黒刀を振り上げる。長大な刀身が、日の光を浴びてギラリと禍々しい輝きを放った。
刹那、躊躇いなく振り下ろされた黒刀。まばたきすら忘れて見開かれたおれの目に、それは一筋の光として映った。それくらい速かった。けれどおれは、何一つとして見落とさなかった。
黒刀の切先が、海賊狩りの左肩から右腰までを一直線に切り裂くのを。ぱかりと開いた胸の傷跡から剥き出しの脂肪と筋肉がのぞき、一拍遅れて真紅の血が吹き出したのを。空高くアーチを描いた紅が、甲板をまばらに染めたのを。海賊狩りの左手から白い刀が離れ、後ろに傾いだ体がゆっくりと海へと落ちていったのを。
その全てが稲妻のように体を貫き、おれの目に、心に、二度と消えない跡として焼き付いた。
雷光
