4.
出征の日がやってきた。
鉄道の駅には近隣の市民や家族など大勢の人が押し寄せ、お守りを渡したり、国旗を振りながら軍歌を歌ったり、まるでお祭りのような賑やかさだ。
愛する者との別れだというのに、誰一人涙を流すことなく笑顔で、祝福の言葉で以って送り出すというのはひどく歪な光景だった。
盛大な見送りの中、兵士達が所狭しと押し込まれた列車が走り出す。
窓際を占拠できるのは上級兵ばかりで、下っ端の者達には窓の外など見えはしない。けれど、ゾロもサンジも別にそれで構わなかった。どうせ見送りに来る者などいないのだ。
酸素の薄い車内でひたすらに揺られ続け、ようやく目的地へと辿り着くと今度は輸送船に乗り込む。ゾロとサンジは同じ1132部隊に属しているので、乗り込む船は一緒だ。
輸送船の中は、ぎゅぎゅう詰めの列車が可愛く思えるようなひどい有様だった。横になって休むことができない者が出るほどに密な空間で、軽装も許されず、飲料水も足りず、あまりの暑さに熱射病に罹患してしまうこともあるような劣悪な環境。おまけに輸送船が敵軍からの攻撃にさらされることも稀ではなく、命の危険と隣り合わせの過酷な航海だった。
敵に見つからぬよう夜のうちに次の地点へと進むことを繰り返し、幸い攻撃を受けることなく無事に目指す島に近づいた時には出港から何日も経過していた。
いよいよ上陸である。
夜の帳が下りたのを合図に、上陸用舟艇に乗り込み次から次へと上陸していく。ゾロも、同じ小隊に属するコビーと共に船に乗り込んだ。
「いよいよですね」
同期だというのに、いつまで経っても敬語が抜けないコビーが緊張した面持ちで呟く。
「ああ」
「無事に上陸できそうで本当によかった」
「こんなところで無駄死にするわけにはいかないからな」
横から口を挟んできたのは、コーザという男だ。ゾロやコビーと同じ小隊に属する一等兵で、年はゾロの一つ上。正義感が強く真っ直ぐな性格のコーザと当初はぶつかり合うこともあったが、今となってはゾロが信頼できる数少ない人間の一人だ。
「ビビちゃんが待ってるもんな」
コーザの隣に座っていたケビという男がさらに口を挟んできた。コーザとケビはは同郷で、いわゆる幼馴染である。
「妹さんですか?」
「違う違う、こいつの許嫁。お嬢様でさ、スゲー可愛いの」
コビーの疑問に答えるケビを、コーザはジロリと睨みつけた。
「余計な話はするな」
「はいはい、悪かったよ……あ、そろそろ着くぞ」
言われて目を遣ると、島影が間近に迫っていた。
ゾロもコビーもコーザもケビも、瞬時に表情を引き締める。皆、実戦に赴くのはこれが初めてだった。ここから先は完全なる未知の世界だ。鬱蒼としたジャングルの黒い影が纏う不吉な気配にゾロが思わず歩兵銃を握り締めた時。
船が止まり、ランプが開いた。
ランプが開くとともに下船し、水飛沫を蹴散らして浅瀬を走り、砂浜を駆け抜け、木々の生い茂るジャングルへと入り込んだ。そこで一度隊列を組み直し、さらにジャングルの奥へと進んでいく。蒸し暑く、足元も悪い中を数十キロにもなる装備を身につけての行軍は想像以上に過酷だった。
「もう三日も歩きっぱなしですよ……いったいどこまで歩くんでしょうか」
足取りが鈍ってきたコビーが、ぜえぜえと息を切らせながら話しかけてきた。
「さあな。指示が出るまで歩き続けるしかねェよ」
ほら頑張れ、と軽く背中を押してやる。弱音を吐いてはいるが、コビーはこの半年で筋肉がついて見違えるほどに逞しくなった。顔つきもすっかり精悍となり、言われなければあのコビーと同一人物だとは分からないほどだ。
「そうですよね。ありがとうございます」
いったん立ち止まって息を整えると、コビーは再び黙々と歩き出した。
それからも枝や葉を切り落とし、川を渡り、茂みをかき分けながらただひたすらに前進を続け、上陸してから五日目にようやく隊の歩みが止まった。
「あれ、ここが目的地なんでしょうか」
「そうみたいだな……でも、休ませてはもらえなさそうだ」
ゾロの言う通り、疲れを癒す間もなくすぐに作業に取り掛かることになった。この場所を野営地とすることになり、宿舎などを建てることになったのだ。
材料確保のため、皆それぞれにノコギリやツルハシを手に散っていく。木材にするための木を物色していたゾロが、ノコギリで木を切り倒そうとした時だった。
「ゾロ?」
後ろからかけられた声には聞き覚えがあった。これは——。
「サンジ!」
振り向くと、そこにいたのはやはりサンジだった。鉄帽からのぞく金に瞳の青。ここでこんな鮮やかな色彩を放つ男はサンジしかいない。
「よかった、無事だったんだな。ちょっと痩せたか?」
「おまえも少し痩せたな。ま、こんな生活じゃ痩せて当然だけど」
おれも手伝う、とノコギリを手にしたサンジと二人、掘り下げて根本を露出させた幹に切り込みを入れていく。間もなく、木はミシミシと音を立てて倒れた。
「あ、キノコ!これ食えるやつかな」
ゾロが倒れた木の枝払いをしていると、サンジが声を上げた。作業の手を止めて見ると、確かに木の幹にキノコが生えている。その一つをちぎり取ると、サンジは鼻先に近づけて匂いを嗅いだ。
「とりあえず、ヤバそうな匂いはしないな」
それを聞いて、ゾロもキノコをちぎり取ると一口齧ってみようとした。その手からサンジが素早くキノコをはたき落とす。
「アホ!生で食うやつがあるか!!」
「悪りィ」
「だいたい、まだ食っていいやつかどうかも分かんないだろ」
そう言ってサンジはキノコを裏や表にひっくり返してしげしげと眺め、ひとしきり観察が終わるとそっと地面の上に置いた。
「どうだ、食えそうか?」
「んー、大丈夫そうな気もするが自信はねェ。キノコはプロでも判断を間違えることがあるくらい見分けが難しいんだ。死にたくなかったら手を出さないのが無難だな」
「そうなのか」
「ああそうだ。なあ……ゾロ、ちょっといいか」
「なんだ?」
「今でも食料は十分といえないんだ、この先食う物に困る状況に陥る可能性も考えとかなきゃならねェ。そうなった時に生き延びられるように、今からおれが言うことをよく覚えとけ」
「わかった」
「まず、飲み水の確保は絶対だ。幸いこの島は川があるからそう困らないだろうが、腹壊したくなきゃ濾過するか煮沸するかした方がいい。そんで、食いもんだが……」
それからサンジはゾロに色々なことを教えてくれた。
ココナッツは水分とミネラルが豊富だから見つけたら食え。タンパク源として蛇やトカゲ、虫なんかも食える。キノコは絶対に食うな。食べられる野草かの判別方法。基本的には必ず火を通せ、初めて口にするものは一気にたくさん食うな、など。
「いいか、食あたりで死ぬなんて馬鹿なことにならないように、今教えたことは絶対に忘れるなよ」
「ああ。肝に銘じとく」
「よし。あ、そろそろ行かないとまずいな。さっさと枝払いしてこの木運ぼうぜ」
この時は、二人ともこんな話をしつつもまだどこか楽観的に考えていた。
しかし状況は確実に悪化の一途を辿っていたのである。
♦︎
暫くは、それなりに平和な日々が続いた。
来る戦いに備えるため、飛行場や防衛線の建設で一日が終わっていく。敵襲はまだなかった。食料も豊富とはいえないものの、飢えるほどではない。
そんなある日のことだった。
「敵襲!敵襲!」
その日も、ゾロは朝から建設作業に汗を流していた。昼近くになりそろそろ休憩しようかというところで、突然敵襲を知らせる声が響き渡った。
すぐに作業を中断し、戦闘態勢をとって身を隠す。周りにいた者達も同じようにあちこちに散らばって身を隠した。
空か、海か。
息を潜めて耳をすませると、虫の羽音のような音が近付いてきた。
「空だ!」
誰かが叫んだのとほぼ同時に、ダダダダダダと銃弾の雨が降ってきた。
チュインと銃弾が空気を引き裂く音の後に、何かが砕かれる音、誰かの呻き声。ようやく音が止んだと思ったら、今度は爆音と共にあちこちで黒煙が上がり出した。おそらくロケット弾だ。
身につけている銃剣だけでは反撃などとてもじゃないが出来ない。ゾロは、ただひたすらに身を縮めて地獄のような時が過ぎ去るのを待った。
どれくらいの時間が経ったのだろう。永遠にも感じられるような時間の後、ようやく飛行音が遠ざかり、辺りに静寂が戻ってきた。それでもすぐに動くことはせずに、顔だけを少し出してじっと様子を伺う。そうしていると、黒煙と砂塵の霧が徐々に晴れ、周りの様子が見えてきた。もう危険はなさそうだった。
「みんな、無事か!?」
身を隠していた場所から飛び出し声を張り上げるが、返事はない。
(確か、コビーは近くで作業していたはず……!)
諦めずに何度も呼びかけながら、自分が作業をしていた場所の近くを探し回っていると、物陰から出てくる人物を見つけた。
「コビー?コビーなのか!?」
ゾロの声に気付いた男が顔を上げる。
「ゾロさん!無事だったんですね!」
「ああ。怪我はないか?」
「はい。ちょっと擦り傷ができただけです。ゾロさんは?」
「おれも大丈夫だ」
「それなら良かった」
互いに走り寄って無事を確認すると、コビーが不安げに辺りを見回した。
「どうした?」
「コーザさんとケビさんも僕の近くで作業をしていたんですが……」
「それならこの近くにいるはずだ。探すぞ!」
「はい。コーザさん!ケビさん!」
名前を呼び、瓦礫を退けながら探していると、あちこちから兵達が這い出してきた。その中に、寄りかかるようにしてこちらに歩いてくる二人組がいた。
「コーザ!ケビ!無事か!?」
「ああ。飛んできた瓦礫がちょっと頭に当たっただけだ、問題ない」
答えたのはコーザだ。ケビの肩を借り、頭が痛むのか顔を顰めている。
「こいつのおかげで助かった」
被ってなかったら死んでたかもな、とコーザは真新しい傷のついた鉄帽を軽く持ち上げた。
「おれも大丈夫だ。それにしても……ひどいな」
ケビにつられるようにして、ゾロ達も改めて周囲を見回す。
確かに、目の前に広がる光景はひどい有様だった。
地面にはいくつも大きな穴が開き、折角ここまで作り上げてきたものは見るも無惨に破壊されていた。そして、無造作に地面に転がる人、人、人。その中には、ひと目見ただけでもう生きてはいないだろうと分かる者も複数いた。
隣にいたコビーが、その惨状に体をくの字に折り曲げて嘔吐した。
そうなってしまうのも無理はない。実戦も、たくさんの死体を見るのも、新兵達はこれが初めてなのだ。コーザやケビも、吐きはしないもののその顔はひどく青褪めている。皆、ひどくショックを受けていた。
「慣れろ、コビー。これから先、これがおれ達の日常になるんだ」
背中をさすってやりつつそう声をかけながら、ゾロは自分自身にも言い聞かせていた。
ただひたすらに、勝つために人を殺す。それが戦争。
そのことをよく分かった上でここに来たはずだった。けれど、目の前で人が虫ケラのように殺されるのを見て、自分も同じように人を殺すのだということが現実感をもって迫ってきた時、初めてゾロの中でほんのわずか迷いが生まれた。
「まだ息のある奴の処置をして、救護班を呼びに行かねェと」
その迷いを断ち切るように、今すべきことに意識を向ける。
そもそも、迷ってなどいけないのだ。復讐のため、一人でも多くの人間を殺すために自分はここに来た。
だから、それまでは死ねない。復讐を果たすまではなんとしてでも生き延びてやる。
戦うこともできずに無念の死を遂げた兵達を見ながら、ゾロはそう心に強く誓った。
その日を境に、本格的な攻撃が始まった。
連日、ジャングルに砲弾の雨が降る。その度に多くの仲間が死んでいった。
昼間はろくに動けないため、砲撃の止む夜の間に前進する。まともな睡眠が取れないために、まずは兵達の体力が消耗していった。
次に食糧が枯渇した。海も空も、敵に支配権を奪われたために自国からの補給がないに等しく、稀にあったとしても命懸けで取りに行かなければならなかった。さらに悪いことに、この島は動物も少なく食糧が豊富とは言えないような場所だった。
疲労と飢えで極限状態に追い込まれ、食べられそうなものはなんでも口にする。その結果、毒にあたったり腸炎を患ったりして命を落とすものも少なくなかった。
ゾロ達の隊も例に漏れず食糧難に陥っており、昼間の砲撃の間を縫ってそれぞれが食べられそうなものを探していた。
(あいつから教わったことが、まさかこんなすぐに役立つとはな)
あの時サンジと出会って話をしていたおかげで今もまだゾロは生きている。
初めて食べるものはどんなに空腹でも決して一度にたくさん食べるようなことをせず、サンジに教えられた通りに食べても害がないものかどうかを慎重に見極めた。おかげで、今では何が食べられるかは大体わかる。
今日はわりとツイていた。野草を幾つかと、毒のないトカゲ、それに芋も手に入った。少しはマシな食事ができそうだと思いながら野営地に戻ると、他の隊員達もあらかた戻ってきていた。その中にはコビーやコーザ、ケビの姿もある。
戻ってきたゾロに気付いたコビーが声をかけてきた。
「お帰りなさい、ゾロさん。ちょうどよかった、ついさっき小隊長に呼ばれたところだったんです」
「小隊長に?なんなんだろうな、一体」
「さあ……とにかく行ってみましょう」
第1小隊の者が皆集合すると、小隊長であるモーガンから任務が伝えられた。
「先ほど指令が下った。今夜、糧秣補給の駆逐艦が到着予定なので引き上げに向かうようにとのことだ。陽が落ちる前に海岸まで移動し、夜の間に引き上げを行う。危険だが重要な任務だ、心してかかれ!」
わりと海岸に近い場所にいたとはいえ、あまり時間の余裕はない。せっかく取ってきた物を食べる間もなく、すぐに荷物をまとめて準備をすると海岸に向かって移動を始めた。
皆空腹で疲れていたが、食糧が手に入ると思えば士気も上がる。幸い砲弾の直撃にも機銃掃射にも遭うことなく、予定時刻までに誰一人欠けることなく海岸近くまでたどり着いた。
合図があるまで息を潜めてジャングルに身を隠す。
日が沈み辺りが闇に包まれてから幾許か経った頃、沖の方でチカチカと光が不規則に点滅した。
「駆逐艦からの合図だ。まずは先行部隊のみ向かえ。安全が確認できれば分隊ごとに分かれて順に進むように」
モーガンの指示に従い、まずは先行部隊が闇に紛れて砂浜を海に向かって進んでいく。しばらくすると、オレンジ色の小さな灯火が暗闇にぽつんと浮かび上がった。その光を目印に、海上で待機していた補給部隊の上陸用舟艇が岸へと近づいてくる。食糧を入れたドラム缶をロープで繋ぎ、引っ張って運んでくるのだ。
船が岸に近づくまでに待機していた兵達も分隊ごとに分かれて順に海へと向かい、補給部隊の兵からロープの端を受け取ると一斉に引き上げ作業にかかった。
何せドラムの缶の数は二百近くあるのだ。同じく引き上げ作業を任命されていた他の小隊と協力してできるだけ迅速にドラム缶を陸に引き上げ、陸に上がったものから順にジャングルへと運び込む。敵からの攻撃もなく作業は比較的順調に進み、ドラム缶の半分ほどを運び終えた時だった。
唐突に凄まじい轟音が鳴り響いた。
砂浜にいたゾロは咄嗟に身を伏せ、運んでいたドラム缶の陰に身を潜めた。
「敵襲だ!」
誰かの上擦った叫び声が聞こえる。続けて、呻き声も。
その時、爆発音と共に沖で炎が上がった。
(駆逐艦が……!)
紅蓮の炎を上げているのは、今しがた食糧を運んで来てくれた自国の駆逐艦だった。
炎に照らされて、海上に敵の艦隊が浮かび上がる。
その砲口の向く先は——こちらだ。
「撃ってくるぞー!ジャングルに戻れ!」
誰とはなしに叫び、ドラム缶を放り出して皆一目散にジャングルへと駆けて行く。
兵達が逃げ惑う砂浜を、敵の戦艦のサーチライトが照らし出した。砂浜には先ほど引き上げたドラム缶の他には身を隠せるような物は何もなく、丸裸も同然だ。
早くジャングルに逃げ込まなければ、その一心でゾロはひたすら砂浜を駆けた。
そうしている間にも、背後から砲弾と機銃掃射が容赦なく浴びせられる。
そこかしこで砂が噴き上がっては断末魔の叫びが上がった。
仲間のことが気になったが、ゾロは脇目も振らずに走り続けた。
だって、まだ死ねない。
復讐も果たさずに、こんな一方的に殺されるのは嫌だ。
再び、背後で轟音が鳴り響いた。一瞬遅れて爆風が吹き抜ける。
前方に吹き飛ばされ顔面から砂に着地した時、絶叫が耳に飛び込んできた。
「コーザーーーーー!!」
すぐさま飛び起きて後ろを振り返る。そこには、コーザと思しき兵を抱きかかえて天に向かって咆哮するケビの姿があった。
「コーザ!ケビ!」
頭で考えるよりも早く、ゾロは二人の元に駆けつけていた。
「おいどうし……」
目にした光景に言葉を失う。
コーザの、腰から下がなくなっていた。
呆然としたままコーザを抱くケビに目を移すと、左半身を中心に砲弾の破片が無数に刺さり血塗れになっている。
「あ、あ、ああ……」
目の前の惨状に思考も体も停止して、ゾロはその場に力なく座り込んだ。開いたままの口は意味もなく母音を紡ぐだけで、手を持ち上げることさえ出来ない。
そうしている間にも、二人の体から流れ出した血液が砂浜をどす黒く染めていく。
「何をしてる、ロロノア!!」
怒鳴り声と共に横っ面を思い切り殴られて、ゾロは砂浜に倒れ込んだ。
痛みで正気を取り戻し顔を上げると、そこに立っていたのは小隊長のモーガンだった。
「阿保みたいに座り込んで、死にたいのか!」
「いいえ……いいえ!」
声を張り上げた途端、涙が溢れ出てきた。
「泣いてる場合か!コーザとケビを連れて走るぞ!」
「はい!!」
袖で乱暴に涙を拭うとすぐに立ち上がり、モーガンが咆哮をあげ続けるケビをコーザから引き剥がすのを手伝う。
「おまえはケビに肩を貸してやれ。コーザはおれが運ぶ」
上半身だけのコーザをおぶって走るモーガンの後ろ姿を、ケビを半ば引きずるようにしながら必死に追いかけた。
なんとかジャングルに逃げ込むと、平らな場所に二人を下ろす。
「衛生兵を呼んでくるから、それまで応急処置をしてろ」
そう言い置いてモーガンが走り去った後、ゾロは改めて二人の状態を検分した。
ケビは、血塗れになりながらもコーザに縋り付いて泣いていた。意識はある。傷はそれなりに深そうだが、傷が半身だけなのもあってなんとかなるかもしれない。破片は多分抜かない方がいいだろう。
コーザは——。出血を止めようがなく、血を失いすぎたせいで皮膚は蒼白になっていた。頸動脈を触れると、かすかに拍動が伝わってきた。
まだ、生きている。
けれど、きっと助けられない。
「コーザ、どうしておまえが……」
啜り泣きながら、ケビが囁く。
「ビビちゃんが待ってるんだろ。結婚するんだろ。……なのに、どうして……なんで、おれじゃないんだ」
その背中に、ゾロはそっと手を置いた。堪えきれなかった涙が一筋頬を濡らす。
「コーザ」
呼びかけたゾロの声に反応し、コーザが虚ろな目を向けてきた。
「ビビ?」
「そうだよ」
思わずそう答えていた。
震えながらわずかに持ち上げられた手を、強く握る。
「なんでこんなところに……」
そう呟くと、それまで苦悶様だったコーザの表情がふっと緩んだ。
「でも、よかった。会えて」
ぱたりと、握っていた手が落ちる。瞳からも最後の光が消えた。
「コーザ?」
「コーザ……コーザ!!」
どんなに揺すぶっても叫んでも、その瞳に再び光が宿ることはなかった。
悲しみ、絶望、無力感。さまざまな感情が全身を駆け巡るが、それに浸ることすらこの状況では許されない。ゾロは力を振り絞って顔を上げた。
「なあ、ケビ。骨は無理でも、せめて髪くらい持って帰ってやろう」
きっとまたたくさんの命が失われた。全員を埋めてやることも、ましてや荼毘に付してやることなどできるはずもなく。何もしてやれない代わりに、せめてコーザが生きた証だけでも遺してやりたかった。
ゾロはナイフでコーザの髪の毛を三房切り取ると、コーザの軍服のなるべく血で汚れていないところを三か所切り取って一房ずつ髪の毛を包み、紐できつく結んだ。
「おまえかおれかコビーか……もし誰か生きてこの場所から戻れたら、コーザの婚約者に渡してやるんだ」
呆然と泣き続けているケビから返事はなく、ゾロの声が届いているのかも分からなかったが、ゾロはケビの荷物の奥底にコーザの髪を大事にしまった。
次に、コビーの分も一緒にコーザの髪を自分の荷物の底に大事にしまい込みながら、コーザの髪を受け取った時の婚約者の悲しみを思った。
そもそも、三人の内誰かが生きて戻ることなどできるのだろうか。
許せなかった。
何の罪もない者達が、殺され、奪われ、傷ついていく。
憎い。憎い。殺したいほど憎くてたまらない。
静かに涙を流しながら、ゾロの心の内で憎悪の炎が激しく燃え上がっていった。