仙人掌の花が咲いたなら

second time

 一週間後。
 ゾロシアとサンジーノは再び面会室でアクリル板を挟んで向かい合っていた。
 サンジーノは白いスーツに黒いサングラスで、シャツの青が微妙に違う他は前回と同じ出立だ。
「一週間ぶりだな」
 サンジーノが声をかけると、ライトグレーの囚人服に身を包んだゾロシアはゆっくりと顔を上げた。濁ってぼんやりとした瞳がサンジーノを見つめる。
「前回のおさらいからするとしようか」
 ゾロシアから反応はなかったが、気にする様子もなくサンジーノは続けた。
「まず、おまえは誰だ?」
「おれは……ゾロシア」
「そうだ。じゃあ、おれの名前は?」
「…………」
「おいおい、薄情なやつだな」
 黙って首を傾げるゾロシアに、サンジーノは大袈裟に呆れてみせた。
「いいか、おれはサンジーノだ。サ・ン・ジ・ー・ノ、ちゃんと覚えとけ」
「サ、ン、ジー、ノ」
「そうだ。それから、ここはどこか分かるか?」
「……刑務所」
「上出来だ」
 満足そうに、サンジーノは薄い唇を吊り上げた。
「じゃあここからは質問だ。おれについて、何か思い出したことはあるか?」
「知らない……おまえのことは、なにも、知らない」
「オーケー。じゃあおまえ自身のことは?」
「おれの、こと……?」
「そう。年齢でも、住んでる場所でも、刑務所に入るに至った経緯でも何でもいい」
「年齢は……わからない」
 答えながら、ゾロシアは眉間に軽く皺を寄せ左のこめかみの辺りを左手で摩った。
「わかった。他に何でもいいから覚えていることや思い出した事はないのか?」
 サンジーノの問いにゾロシアはより一層眉間の皺を深くした。
「他に?……何か、おれのこと——ぐあァッ!」
 手錠が擦れガチャリと不快な音が鳴る。
 考え込んだと思ったら突然呻き声を上げて頭を抱え込んだゾロシアに、サンジーノよりも先に後ろで控えていた刑務官が反応した。
「おい、大丈夫か」
 ゾロシアに近寄り、少し離れた場所から声をかける。
「あたま、が…………頭が、割れそうだ……!」
 苦悶の表情を浮かべ、顔色も青くしたゾロシアを見て演技ではないと判断したのか、刑務官は無線でどこかに連絡をした。
「悪いが、今日の面会はここまでだ」
 呆気に取られて動けずにいたサンジーノにそう告げて、ゾロシアの背を支えて立ち上がらせる。
 その時、ゾロシアが何かに気づき動きを止めた。
「……それ」
 視線の先にあったのは、十五センチに満たないくらいの大きさのサボテンだった。鉢に植わったそれはきれいな球形をしており、黄金色の無数のトゲに覆われている。
「これがどうかしたか?」
「そのサボテン……どこかで見たことがあるような気が、する」
 ゾロシアの言葉を聞いた途端、サンジーノの表情がわずかに動いた。
 しかしそれに刑務官が気づく事はなく、再び頭を痛がり出したゾロシアを連れて面会室から出ていった。
 
「おれのことは忘れても、これはわかるのか」
 一人取り残されたサンジーノが小さく呟く。
 それから徐に立ち上がると、サボテンの鉢を大事そうに抱えて面会室を後にした。

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