Side S
「…あ」
制服を脱いだ時、桜の花びらがはらりと落ちた。
その花びらを見た瞬間、先程の、桜の木の下でのキスが甦った。
一年前の入学式。
満開の桜を眺めながら、中学の頃から密かに恋焦がれていたあいつと同じ高校に進学できた喜びを噛み締めるとともに、そう遠くない将来、この恋心も、儚く舞い散る桜の花の様に散るのだろうと思った。
障害の多い恋だ。そのうえ、あいつはもの凄くモテる。
だから、あいつに恋人ができたら潔く諦めようと思っていた、のに。
「好きだ」と言われて、キスをされた。
舞い散る桜吹雪の中、夢かと思うような甘い甘いキスだった。
死ぬほど嬉しかったのに、驚きのあまり返事もしないまま突き飛ばして逃げ帰ってしまった。これからどうしたものかと思いながら、無意識に桜の花びらを食む。
「何だこれ、青臭っ…」
さっきはあんなに甘かったのに。
そうだ、おれもちゃんとこの気持ちを伝えに行こう。
そしてもう一度確かめるのだ。
桜の花を食みながらするキスの甘さを。
Side Z
桜吹雪の中、やつにキスをした。
中学から一緒の、くるりと巻いた眉と金髪が特徴的な男。
女とみれば誰彼構わずデレデレしているのに、ふとした瞬間、思いつめたような表情でおれのことを見つめてくるので気になった。
気になって観察してみると、色々なことに気が付いた。
女好きのくせに、告白されても誰とも付き合わず、変わらずおれのこと を見つめていること。
細いくせに蹴りが強烈で、喧嘩が強いこと。
料理をするのが好きらしいこと。
時折見せる無邪気な笑顔に、どうしようもなく心惹かれること。
気が付けば、おれもやつと同じ意味合いを持つ視線を向けるようになっていた。
でも、やつはそんなおれの視線に気付かない。
同じ高校に進学して少しは事態が動くかと思ったのに、やつはおれを見つめる思いつめた視線の中に諦めを覗かせるようになった。
言い寄ってくる女なんかに興味はなく、おれが欲しいのはただ一人なのに。
一人で勝手に諦めるなんて許さない。
そんな思いをぶつけ、満開の桜の木の下で奪った唇は、とても甘かった。
薄桃の花弁の中で輝く金を見ながら、髪も、唇も、蜂蜜みてェだと思う。
甘いのは苦手だが、この甘さは悪くない。
もっと味わおうと口付けを深めようとしたら、思い切り突き飛ばされて、あろうことか逃げやがった。
まあいい。手に入れると決めたものは、何があっても手に入れるのがおれの信条だ。
どんなに逃げても必ず手に入れてみせる。
だからせいぜい、首洗って待ってろよ。