極夜

 広大な城の奥深く。その先を世界から隔てるように閉ざされた堅牢な扉から、ゾロは音もなく部屋へと忍び込んだ。
 ひんやりとした室内では、あらゆるものの輪郭が闇に溶けていた。およそ音というものが全て死に絶えたかのような静寂の中、ひそやかに空気を揺らす生の息吹。その出所は、気配を探らずともわかった。
 明かり窓の下、壁にもたれかかるようにして座り込む一つの影。かすかに届く松明の光で淡く照らされたその人物こそが、今夜のゾロの獲物、ヴィンスモーク家の第三王子だった。
「深窓のなんとやらが囚人扱いたァな」
 簡単に縊れてしまいそうな細首をすっぽりと覆うように嵌められた鉄の首輪に、思わず独り言が漏れる。らしくない、とゾロは思った。よもや今から殺す相手に哀れみを抱いたわけではなかろうに。
 すぐに頭を切り替え、仕事を済ませるべく腰の刀に手をかける。と、今まで閉じていた獲物の目がゆっくりと開いた。瞼の下から現れる青玉のような瞳。夢うつつを彷徨うように焦点の合わぬそれが、ゾロの上で止まる。
「……だれ」
「…………」
 再び彷徨った視線が、今度は腰の刀の上で止まった。
「おれを、殺しにきたの」
 返事の代わりにスラリと刀を抜く。自らの命を奪う刃の鈍い輝きに、あろうことか獲物はうっすらと笑みを浮かべた。倦み果てたような笑みだった。
「ちょうどよかった。終わらない夜には、もううんざりなんだ」
 首を差し出すかのように獲物が頭を垂れると、首輪から伸びた鎖が重苦しい音を立てた。
 ゾロが刀を閃かせる。刹那、ゴトリと落ちたのは首ではなく、耳障りな音を立てる鎖だった。
「夜の終わり——夜明けを見たいか」
「……え?」
「見たいなら、おれが見せてやる」
 らしくない、と再びゾロは思った。依頼を放棄し、あまつさえ獲物とともに逃げようなど。その先に待つのは地獄だ。けれど、まるで夜明けのようにじわりと光が満ちていく青玉を見れば、こいつとなら地獄に落ちるのも悪くないと、そう思えた。
 
「おねがい……おれに、夜明けを見せて」
 
 終わらない夜の闇に紛れて二つの影が駆けて行く。
 その行方を知るものは、誰もいない。

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