紫陽花

♢三刀流

 夜。サンジーノが寝室に入ると、ようやくゾロは一人になれる。
 日中に行動を共にすることがほとんどなため、基本的に夜は別の者が護衛をすることになっているのだ。
 サンジーノの部屋の隣にある自室へと引っ込むと、ゾロはベッドに倒れ込み盛大なため息を吐いた。
 ため息の理由は疲れだけではない。ここ最近のサンジーノの行動が、目下のところゾロの頭を悩ませていた。
 相変わらず、強力な磁石で引きつけられてでもいるかのように気がつけばサンジーノの姿を目で追ってしまっている。その食い入るような視線に流石に気付いたのだろうか、ここのところしょっちゅう目が合っては、気まずくて目を逸らすということを繰り返していた。
 そこまではまあ、百歩譲って自分が見てしまうのだから仕方ない。ただ、目が合った時サンジーノがたまに浮かべる泣き笑いみたいな複雑な表情が、ゾロを何とも落ち着かない気持ちにさせた。
 それだけじゃない。ゾロに食事を作り与えては「美味ェだろ」と無邪気に笑うことも増えた。あの笑顔は反則だ、つい見惚れてしまう。それに最近やたらと体に触れられる気がする。別に不自然なわけではなく、さりげなくごく自然に触れてくるのだが、いかんせん肥大した〈気になる〉という感情のせいで過敏に反応してしまう。性質タチの悪いことに、サンジーノはゾロのそんな生娘みたいな反応を楽しんでいるようなところがあった。
(何考えてんのか全然分かんねェ)
 そして、そんなサンジーノの行動を全く嫌だと思わない自分にさらに戸惑った。
 人間なんてロクなものじゃないと思って生きてきた。触れられる時は痛めつけられる時、笑顔なんてものは滅多に向けられることもない。だから常に人とは距離を取って生きてきた。なのに他人に触れられて嫌じゃないどころか、自分からあの柔らかそうな金糸に触れてみたいと思うなんて本当にどうかしてる。
 いったい自分はどうしてしまったのだろうか。
 考えても、思考は出口のない迷路をグルグルと彷徨うだけで一向に答えは出ない。
 グルグルといえば、あのくるりと巻いた珍妙な眉すらちょっと可愛いなんて思うようになってきてもうどうしようもないと思ったところで、ゾロは考えることを放棄した。
 こんな時は寝るに限る。
 そう決めたらベッドに倒れ込んだ格好のまま、一瞬で眠りの底へと落ちていった。
 
 明くる朝。
 夜の間の護衛と交代したゾロがサンジーノの部屋に入ると、白鞘からスラリと抜刀するサンジーノの姿が目に入った。あの武器は、ここに来てから初めて見るものだ。
「おわっ、何だそれ。刀か?」
「ああ、そうだ」
 刀身を検分しつつ、チラリと視線だけ寄越して答える。
「へえ、ここにはそんな武器もあるんだな。あんた刀も使えるのか」
「いや、これは武器じゃなくておれの個人的な持ち物だ。たまにこうやって手入れするだけで、おれ自身は全く使えねえよ」
 慣れた手付きで刀身を柄から外し、古い油を拭き取ってから打ち粉をポンポンと打つサンジーノの手元の先には、他に二本の刀が置いてある。多少剣術をかじっていたので何となく感覚で分かるが、どれもおそらく位の高いものだ。
「それかなりいいモンだろ。お宝か?」
「宝……とは違うが、大事なものだ」
 その言葉の通り、ゾロの方は見向きもせず愛おしむように刀に触れるサンジーノを見ていると、突如〈面白くない〉という感情が湧き出てきた。
 何とかしてあの目をこちらに向かせたい、そんな訳の分からない感情のまま、口が勝手に言葉を紡いだ。
「その刀、おれに使わせてくれないか」
 その瞬間、サンジーノがゾロの方を振り向いた。こちらを向かせたいという目論見は成功だ。だが、何かに耐えるような表情にゾロの胸が締め付けられるように痛んだ。
(違う、そんな顔をさせたかった訳じゃない)
 ゾロの動揺を他所に、すぐにサンジーノはスッと表情を消した。
「どういうつもりだ」
 温度のない声で問われ、ゾロは自分の胸の内を探った。
 勝手に飛び出した言葉だが、思い当たりはある。今度はゆっくり言葉を選びながら、ゾロはずっと胸の内で燻っていたものを形にしていった。
「おれは……あんたを守るためにもっと強くなりたい。そのためにはどうしたらいいか、ずっと考えてた。前よりは強くなったといえ、蹴りも銃も、あんたやウソトゥーヤには敵わない。でも剣なら……おれにしかできない方法であんたを守れるんじゃないかって思った。もちろん、前に少しやってただけだから今はまだ全然ダメだ。修行して、その刀にふさわしいくらい強くなったら——おれに使わせて欲しい」
「……理由はわかるとして、他の刀じゃダメなのか」
「ダメだ。その刀だからこそ、意味がある……気がする」
「何だそれは」
「おれにもよく分かんねェ……でも、感じるんだ。その刀もおまえのこと守りたがってるって」
 一瞬、サンジーノの顔がくしゃりと歪んだ。
 まるで泣き出す直前の幼子みたいなそれは、サンジーノが俯いたせいでさらりと落ちる金糸に覆われて見えなくなった。
 一体、この刀とサンジーノの間には何があるのだろう。何となく、こないだルフィオーネが言っていたことと関係があるような気がした。
「ゾロ。おまえ、修行する当てはあるのか」
 そんなことをゾロがぼんやり考えていると、サンジーノがいつの間にか顔を上げてこちらを見ていた。その顔に、もう先程の名残は見られない。
「当ては、ない」
 先程偉そうなことを言っておきながら、堂々とそう言い切るゾロにサンジーノは苦笑を漏らした。
「おまえなぁ。そんなこと堂々と言うんじゃねェよ。……正直、おまえにこの刀を預けられるのか、すぐに答えは出ない。考えた挙句、やっぱりダメだってなるかもしれない。もしおまえがそれでもいいって言うなら……結論が出るまでの間、剣の稽古をつけてくれる当てはある」
「本当か!?」
 思わず前のめりになるゾロを掌で制しながら、言葉を続ける。
「まあ待て。居場所を突き止めるところからだ、少し時間をくれ。だがいいか、断られる可能性もあるからな」
 きっと大丈夫——そんな根拠のない自信がゾロにはあった。
 どんな奴なのだろう、どれだけ強いのだろう。そんな期待に胸を膨らませながら、ゾロは大きく頷いた。
 
 話がある、とサンジーノから呼ばれたのは結局あれから一ヶ月ほど経った頃だった。逸る気持ちを抑えきれず、ノックもおざなりにゾロは部屋へと飛び込んだ。
「どうだった!?」
 入るなり息せき切って尋ねる。
「ったく、おまえは子供か」
 呆れたような声を出すと、サンジーノは両手を組みその上に顎を乗せて意味ありげな笑みを浮かべた。
「結果から言うと……稽古をつけてもらえることになった」
 うおおおお、と思わず雄叫びをあげてゾロがガッツポーズを決めた。
「おいおい、そんなに喜ばれるとちょっと妬けるじゃねェか」
 本気とも冗談ともつかない軽口に過敏に反応し、ゾロが探るような視線を寄越す。
「いいか、決まったはいいがいくつか伝えなきゃならないことがある。まず、頼む相手が相手なんでここじゃ稽古ができない。だからおまえにはしばらく別の場所に行ってもらう。期間は一年。他の連中の手前もあるからそれ以上は延ばせない。その間になんとかモノにしろ。ちなみに、今回のことは相手の名前も含め他言無用だ。わかったな」
「わかった」
「じゃあ早速荷物をまとめろ。準備ができたらすぐに出発するぞ」
 
   *
 
 サンジーノとゾロ、それに護衛兼運転手のチョパリーニとウソトゥーヤの四人が辿り着いた先は、国境付近の山あいにある古びた城だった。
 昼間でも薄暗く、まるで吸血鬼でも住んでいそうな城内に足を踏み入れるとサンジーノが声を張り上げた。
「サンジーノだ、失礼する」
 すると、暗がりからスッと男が歩み出てきた。
 羽飾りのついた帽子に、貴族のような服装。背中には背格好ほどもある十字の黒刀を担いでいる。
(こいつ、強い……!)
 決して荒々しくはないが、静かに纏う気は明らかに強者のものだ。
 一行を見渡した男の視線がゾロの上でしばし止まったが、しばらくすると何事も無かったかのようにサンジーノへと視線を戻した。
「久しぶりだな、サンジーノ」
「もう十年くらいになるか。この度は、無理な頼みを聞き入れてくれて感謝する。紹介しよう、この緑髪の男がゾロだ。……ゾロ、この人がおまえに稽古をつけてくれるジュラキュール・ミホーク、ルフィオーネファミリーの先代の首領だ。通称『鷹の目』、それならおまえでも聞いたことがあるかもしれないな」
 その呼び名を聞いて、ゾロの目が大きく見開かれる。
(知ってるも何も、世界最強と謳われる剣豪じゃねェか!)
 しかもルフィオーネとサンジーノの仲は悪くないといえ、他所のファミリーの先代の首領《ドン》に剣を教わるなど大問題だ。それを分かった上で話をつけてくれたということは、サンジーノがゾロの思いに応えてくれたということ。
 それなら自分は与えられた機会を全力でモノにするだけだ。
 他言無用の裏に隠された真意を今になってようやく把握したゾロは、居住まいを正すと深く頭を下げた
「初めまして、ゾロと言います。世界最強であるあなたに稽古をつけてもらえるなんて光栄だ。一年間、どうぞよろしくお願いします」
「ゾロとやら、これまでに剣の経験は?」
「以前、一通りの基礎は身につけました」
「それを一年間で形にするのは、相当過酷な道のりだぞ……手加減をするつもりはない。命をかける覚悟はあるか?」
「勿論です」
「……わかった。引き受けよう」
「ありがとうございます!」
「おれからも改めて礼を言う。今日から一年後、またここに迎えに来るからそれまではこいつのことよろしく頼む。ゾロ、修行の間ファミリーのことは気にするな。剣のことだけに集中しろ」
「ああ、必ずあの刀に見合うだけの強さを手に入れて見せる」
 修行が始まる前、ゾロは一つだけミホークに頼み事をした。
「三刀流を習得したい」
 三刀流という言葉に、ミホークの眉が僅かに上がった。
「なぜ、そのようなものを求める」
「あいつの……首領の刀は三本あった。おれはその全てであいつを守りたい」
 鋭い剣先のような視線が交差する。交えた剣から相手の腹を探るような無言のやり取りの後、ミホークが先に視線を逸らした。
「やりたいなら好きにしろ。ただし、おれは三刀流の剣士ではない。身につけたいなら己で何とかすることだ」
 それから一年間のゾロの修行の日々が始まった。
 想像以上に過酷なそれに全身ボロボロになりながらも、ひたむきに強さを追い求め剣を振るう。
 最初はミホークに全く歯が立たないのは勿論のこと、三刀をまともに使いこなすことさえできなかった。寝る間も惜しんで剣に向き合い、数ヶ月経つ頃には三刀を手足の如く扱えるようになり、そこからようやく多少はまともに相手をしてもらえるようになった。
 ひたすらに血反吐を吐くような日々を繰り返し、いよいよ明日で約束の一年を迎えるというその日。
 初めてミホークが背中の黒刀を抜いた。
「へへっ……やっと、抜かせたぞ」
「見事だ、ゾロ。たった一年でこのおれに黒刀を抜かせたこと、賞賛に値する」
 最後の稽古を終えるとゾロは三刀を全て鞘に収めた。姿勢を正しミホークの正面に立つと、深く一礼をする。
「素人同然のおれに、稽古をつけていただきありがとうございました。おれは……おれは、あの三刀に恥じないくらい強くなれたでしょうか」
 まるでゾロの向こうに誰かを重ねて見るように、目を細めてミホークはゾロを見た。
「おまえとあいつはよく似ているな……」
「え?」
「いや、何でもない。サンジーノの持つ刀は、和道一文字、三代鬼徹、閻魔といずれも名刀。だが、今のおまえならその三刀を持つにふさわしかろう」
 それを聞いて、再びゾロは深く頭を下げた。
(これで胸張ってあいつの元に戻れる)
 この一年間、離れることで〈気になる〉と言う感情も自然と消えていくものだと思っていた。しかし、一年の時を経てそれは〈会いたい〉という感情に変わり、ジリジリと胸を焦がしている。
(会いてェな)
 こんな気持ちは初めてだった。
 いろんな感情がない混ぜになりまんじりともせずに迎えた翌朝。
 一年前と同じように、チョパリーニとウソトゥーヤを連れてサンジーノはやって来た。
「久しぶりだな。一年の成果はどうだ」
 会わない間に少し髪の伸びたサンジーノの顔を見た瞬間、ゾロは唐突に理解した。
〈気になる〉や〈会いたい〉の根底にあるものが何なのかを。
(……分かったからってどうなるもんでもないけどな)
 あえてその気持ちに名前をつけるとすれば、恋とか愛といった類のものになるのだろうと思う。
 だが、ロミオとジュリエットも真っ青の障害だらけの恋だ。成就することなど望まない。ただ側にいて、この命をあの男のために使うことができるのならば、それでいい。
「あの三刀に恥ないくらいには強くなった」
「そうか」
「もう一度聞く。おれに、あの三刀を預けてくれるか?」
 サンジーノがミホークの方を見る。
 ミホークが静かに頷くと、再びゾロの方に向き直った。
「分かった、おまえに預ける。おれの命だと思って大切にしろ」
「大切にすると誓う」
 ゾロはその場に正座をすると、両手を膝の前につき深く頭を垂れた。
 
   *
 
 ミホークの城を後にし、邸へと戻る車中でサンジーノはゾロに最近の情勢について話して聞かせた。何しろ一年だ、色々と変化がある。
「おまえがいない間にドンキホーテファミリーとの小競り合いが増えてな。ルフィオーネのとこと組んで動いちゃいるが、だいぶ緊張状態が高まってる。抗争になるのも時間の問題かもしれねェ」
 他にもファミリー内部の動きなど、事務的な会話をしていたら車は邸に辿り着いていた。
「荷物置いたらおれの部屋に来い」
 護衛に囲まれすぐに立ち去るサンジーノの後ろ姿を見送ると、ゾロはトランクから荷物を引っ張り出し自室に向かって歩き出した。
 と、不意に「おいゾロ」と呼び止められた。振り返ると、そこにいたのは古参の幹部《カポ・レジーム》の一人。以前から、ゾロのことを快く思っていないのを隠さずに何かと突っかかってくる男だ。いい話とは思えない。
「なんだ」
 警戒心を隠さず短く答える。すると男はニタニタと嫌な感じの笑いを浮かべた。
「まあそう警戒すんじゃねえよ。ところでよ、おまえファミリーがこんな状況なのに一年間もどこに行ってたんだ?」
「首領から他言するなと言われている」
「あん?」
 男の笑みが苛立ちで引き攣る。
「おまえが来てから此の方、首領はおまえにえらいご執心だなァ。おまえだけいっつも特別扱いだ。なあ、いったいどんな手を使って取り入ったんだ?その若い肉体からだでも差し出したのか?」
 瞬間、ゾロがぶわりと殺気を放った。
「それ以上口にすると首が飛ぶぞ。だいたい、首領にそんな趣味はねえ」 おおこわ、と男が大袈裟に肩をすくめる。
「そうとは言い切れないぜ?前に男の恋人がいるんじゃないかって結構な噂になってたからな。火のない所に煙は立たないって言うだろう」
「今すぐ首を飛ばされたいか」
「それは勘弁だ。ま、おまえもせいぜい足元掬われないように気をつけるんだな」
 捨て台詞のようにそう言うと、男は立ち去っていった。自分も早く行かなければ。そう思うのに、ゾロはしばらくその場から動くことができなかった。
 
 ——前に男の恋人がいた?
 
 顔には出さなかったが、実際は鈍器で頭を殴打されたかのような衝撃だった。
 ただの噂だ。あの男がついた嘘に違いない。そう思おうとするのに、「でももし噂が本当だったら」という疑念が首をもたげてくる。心当たりが全くないわけではない。
 もし本当だったら——いったいどこの誰で、どんな奴なのか。
 ともすれば堂々巡りをする思考を頭を振って無理矢理断ち切ると、ゾロは自室へと急いだ。
 
 
「遅かったな。ちょっとこっちに来い」
 部屋に入るなり呼ばれ、ゾロはサンジーノの執務机の前まで帆を進めた。マホガニー製の重厚感のある立派な両袖机の上には、三刀が並べて置かれている。ゾロがやって来たのを確認すると、サンジーノは机の上の三刀を手に取り、机の脇を回り込む形でゾロの前へとやってきた。
「約束だ。おまえにおれの刀を預ける」
 差し出された三刀を、ゾロは捧げ持つようにして受け取った。ずしりと、質量だけではない重みを両腕に感じる。
「確かに預かった」
 初めて手にするにも関わらず、三刀はいずれもしっくりとゾロの手によく馴染んだ。
 刀を手にしたゾロを見るサンジーノの瞳にほんの一瞬寂しげな色が浮かぶが、それはすぐに青へと溶けて消えた。それからゾロの手の中の刀へと視線を移すと、一刀一刀を大切そうに指先でなぞりながら初めてその刀の名を口にした。
「この白い鞘のが〈和道一文字〉だ。そんでこの赤い鞘のが〈三代鬼徹〉。妖刀でなかなか癖がある。あとはこの黒い鞘のが〈閻魔〉だ。これは妖刀じゃないが三代鬼徹同様扱いの難しいじゃじゃ馬だ。どれも一筋縄では使いこなせないものばかりだが……まあ今のおまえならこいつらも言うこと聞くだろうさ」
 あとこれはおれからのプレゼントだ、とサンジーノが投げて寄越したのは黒い革製の帯刀ベルト。
「刀持ち歩くのに必要だろ」
 ありがたく受け取ると、刀をいったん執務机の上に置いてベルトを装着する。刀と同じく、それはゾロの体にぴったりとよく馴染んだ。三刀を全て腰に差すと、ゾロは再びサンジーノに向き直った、
「よく似合ってる。つけ心地はどうだ」
「違和感もないし、ぴったりだ」
「そりゃあ良かった。ところでおまえ、いったいどうやって刀三本使うつもりだ?」
 言葉で説明するより見せた方が早いだろうと、ゾロはまず白鞘から和道一文字を抜刀し、柄を口に咥えた。それから、残り二本を同時に抜刀すると、右手に三代鬼徹、左手に閻魔を構えた。
「こうやって使う」
「は?口に咥えたまま喋れんの、おまえ」
 三刀を構えるゾロを見てサンジーノは一瞬目を大きく見開いたが、すぐにゲラゲラ笑い出した。目尻に涙まで浮かべている。
「そんなにおかしいかよ」
 サンジーノがあまりに笑うのできまりが悪くなり、ゾロは納刀すると拗ねたような声を出した。
「いやー、悪ィ。すごいんだけどさ、普通はあんな喋れねえよ」
 ようやく笑いやんだサンジーノが手の甲で目元を拭う。
「しかし一年でずいぶん頼もしくなったな。これからまたよろしく頼むぜ」
「おう。任せとけ」
「明日からまた忙しくなる。今日は疲れただろうから部屋でゆっくり休め」
 ゾロが退室すると、サンジーノは執務机と同じくマホガニー製の椅子の柔らかな座面に沈み込んだ。
 顔を覆う指の長い手に、先程滲んだ涙の名残が触れる。
 笑い泣きなんかではなかった。
 ゾロの三刀流の構えを見た時、比喩ではなく一瞬心臓が止まった。
 あの三刀の持ち主だった男——ゾロシアと全く同じ構えだったからだ。
 ただでさえ見た目もそっくりなのに、構えも同じ、挙げ句の果てには刀を咥えたまま器用に喋るところまで同じなせいで、まるでゾロシアがそこにいるかのように錯覚し危うく名前を呼ぶところだった。
「重ねてるつもりは、ないんだけどな……」
 乗り越えたつもりでも、きっと自分はまだ囚われたままなのだ。
 あの、悪夢のような一夜に。

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