Side SANJI
ほんの出来心だったのだ。
体育館の方が騒がしかったから何の気なしに覗いてみると、クラスは違うけれど学年が一緒の緑髪のあいつがちょうど試合をしていた
ロロノア・ゾロ。
別に仲がいいわけではない。剣道が強いと有名だったから顔と名前を知っているだけだ。
確かに顔はいいかもしれないが、無愛想なくせにレディ達にモテる気に喰わない奴、という印象しかなかった。
試合を一目見ただけで、強いのだろうと知れた。
全身から放たれる気迫は凄まじく、一分の隙もない。
闘気を纏う堂々とした背中が、きれいだと思った。
剣先を軽く打ち合わせながら、互いが一本を取る機会を狙っている。
相手もそこそこ強いのか両者ともなかなか打ち込めず、じりじりと永遠にも感じられるような時間が流れる。
気に喰わない奴の試合なんて興味はないしさっさと帰るつもりだったのに、気付けば息を詰め、爪が食い込むほど拳を握り締めて試合の成り行きを見つめるおれがいた。
まだ膠着状態が続くと思われた刹那、試合が動いた。
打ち込んできた相手の竹刀をいなし、ドンッと踏み込み——
パァーーーン!
ザッと審判の旗が上がる。
ロロノアが面を決めたのだ。
それは、時間にすれば瞬きするくらいの短い時間だったと思う。
だけどあいつが踏み込んだ瞬間、おれの世界から音が消え、無音の世界であいつの動きがスローモーションになる。
流れるような動きで相手の竹刀をいなし、瞬時に踏み込み、迷いなく振り下ろされる竹刀。
コマ送りで目に焼き付けられるその姿に、心を全部持っていかれる。
抗うことなんてできなかった。
魂ごと持っていかれるような、それくらいの衝撃だった。
こんなに孤高で美しいものを、おれは他に知らない。
「…すげぇ」
唐突に音が戻ってきた。
世界はこんなに色鮮やかだっただろうか。
ついさっきまでと同じ景色なはずなのに、違って見えるのはなぜだろう。
割れんばかりの歓声の中、一礼をする凛とした後ろ姿を見届けて体育館を後にする。
心臓の音が、やたらとドキドキとうるさかった。
Side ZORO
第一印象は「変な眉毛のチャラい奴」だ。
ヴィンスモーク・サンジ。
この辺では珍しい、見事な金髪に雪のように白い肌を持つ男。目立つ外見だけでなく、女と見れば鼻の下をだらしなく伸ばしてデレデレするもんだから、学校ではちょっとした有名人だった。クラスが違うから直接会話したことはないが、廊下で女相手にだらしない顔をしてクネクネしている奴を見かけて、前述の通り「変な眉毛のチャラい奴」という印象を抱いた訳だ。
つまるところ、おれは喋ったこともないあいつのことをくだらないと馬鹿にしていた。
ある日の放課後、生徒指導室に来るように言われて向かっていたが、なぜか一向に辿り着かずにいた。おれのことを方向音痴だ迷子だという奴がいるが、断じて迷っていた訳ではない。少し遠回りをしただけだ。
気付けば家庭科室の前に来ていた。ふと美味そうな匂いが鼻を掠め、何気なく窓から中を覗くと、キラリと光る金髪が目に入った。
そう言えば家庭科部に入っていると噂で聞いたことがある。どうせ女目当てで入ったんだろうと馬鹿にしかけたところでおれの思考はフリーズした。
家庭科室の中に、あいつは一人きりだった。
普段のチャラい姿からは想像もできないような真面目な顔をして、何事かぶつぶつ言いながらボウルの中身をかき混ぜている。
机の上たくさん並べられた、いかにも美味そうな料理達。
これを本当に一人で全部作ったのか?あいつが?
その時、出来上がったらしいボウルの中身を指ですくい、パクリと口に含んだあいつがニッコリと、まるでガキみたいな無邪気な顔で笑った。
「…⁉︎」
普段とは違う真剣な顔を見た時から少し落ち着きをなくしていた心臓が、ドクンと暴れ出す。
突然なんだ?心臓がおかしくなったのか?訳がわからない。
不可解な事象の原因を探ろうと思考が働き出した時、
「ぐ〜〜〜」
盛大に腹が鳴った。
瞬間、振り向いたあいつと目が合う。
「ブハッ、すげー腹の音。お前B組のロロノアだろ?腹減ってんのか?あ、おれはC組のサンジ」
腹を抱えてゲラゲラと笑いながら話しかけてくる。
「あー、美味そうな匂いがしたからな。邪魔して悪かった」
バツが悪くすぐに立ち去ろうとすると、
「ちょっと待て、どうせ一人じゃ食い切れねぇと思ってたとこだ。嫌じゃなければ食べてけよ」
思いもかけない誘いがかかった。
「…いいのか?」
「遠慮すんな。おれは腹を空かした奴は放っておけない性格《タチ》なんだ」
先生に呼ばれていたことも忘れ、家庭科室に入り適当な椅子に腰掛ける。
「いただきます」
パンッと手を合わせると、目の前の食事に手を付けた。
「……‼︎」
あまりの美味さに思わず目を見開く。
これは素人レベルじゃねェ、こんな美味いものは初めて食った。
「くそウメェだろ?」
おれの思考を読んだかのように、悪戯っぽく笑って奴が言う。
…こんな顔もするのか。クルクルとよく変わる表情だ。
「まあ、悪くねェな」
「ッカー!素直じゃねぇな〜。ま、いいや、さっさと食っちまえ」
結局おれは奴の作った料理を残さず食った。
どれもこれも、文句なしに美味かった。
女相手に常に鼻の下伸ばしてる奴が、こんな美味い料理を作れるなんて驚きだ。
それに、真剣に料理している時の顔は案外悪くなかった。
——ガキみたいな笑顔も。
この日を境に、おれのあいつに対する印象は「変な眉毛のチャラい奴」から「美味い料理を作る、意外と悪くねェ奴」に変わった。