カナフ

 空は快晴、南から爽やかな風が吹いて、過ごしやすい一日となるでしょう。
 
「うーん、いい天気!」
 雲一つない青空を見上げて大きく伸びをする。
 自慢じゃないけれど、私の天気予報の的中率は百パーセントで、今日もやっぱりアタリ。私の大好きな人達のハレの日を神様も祝福してくれている、そう思えるような美しく澄んだ晴れの空を眺めていたら、なんだか胸がいっぱいになって涙が滲んだ。
「ちょっとやだ、泣くにはまだ早いのに」
 慌てて瞼をしばたかせて無理やり涙を引っ込ませながら、今日はアイシャドウもアイラインもマスカラもウォータープルーフのやつにしようと心に決めた。
 だってきっと、顔がぐしゃぐしゃになるほど泣いてしまうだろうから。
 
 
 
「とっても素敵よ、サンジ」
 ロビンの声に振り返ると、すっかり身支度を終えたサンジ君が目に入った。
 白いワイシャツに白いネクタイ、アイボリーのストライプのウェストコートに、シルクホワイトのパンツとショートフロックコート。足元はピカピカに磨かれた白い革靴。肩の辺りまで伸びてゆるくウェーブのかかった柔らかな金髪は、ロビンの手によって一見すると無造作に見えるよう計算し尽くされたハーフアップでまとめられている。
「ありがとう、ロビンちゃん。ロビンちゃんもナミさんも最高に綺麗だよ」
 その格好だけでもめちゃくちゃにカッコいいのに、昔のようにだらしなく鼻の下を伸ばして体をくねらせることなく、愛しげに目を細めて、女の子なら誰でも見惚れてしまいそうな顔をしてそんなことを言うサンジ君は非の打ち所がないイイ男だった。
 でもそれを素直に口にするのはなんだか悔しくて、何も言わずに向き直ると目の前のゾロの肩を両手でパンと叩いた。
「こっちもあとネクタイを締めたら準備完了よ」
 向かい合って立つゾロは、白いワイシャツに黒地に細い銀のストライプの入ったウェストコート、シェリーホワイトのジャケットにパンツ、黒のポケットチーフのタキシードスタイル。白い革靴は爪先と踵の部分に黒でアクセントがつけられている。昔に比べてわずかに伸びた緑の髪を少し立て気味のオールバックにして、こちらはワイルドで凛々しい、サンジ君とはまた違ったタイプのイイ男の出来上がりだ。
「うん、あんたもなかなかいいじゃない」
 最後の仕上げにスレートグレーのボウタイを結ぼうとしたところで、「ちょっと待って、ナミさん」とサンジ君に呼び止められた。
「なあに、サンジ君」
「あのさ……ゾロのネクタイ、おれが結んでもいいかな」
 質問する形でありながら、私の返事も聞かずにこちらやって来る。へにょんと眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をしているけれど、これはお願いじゃなく意思表明だ。そして、こういう時のサンジ君は絶対に譲らない。
「いいわよ」
 もうしょうがないんだから、と心の中で呟いて、サンジ君に場所を譲ってボウタイを渡す。「ありがとう、ナミさん」とサンジ君はそれを恭しく受け取ると、ゾロと向かい合って立った。するり、と腕を回して襟元にボウタイを通す仕草がまるでハグしているように見えてドキンとする。本当はボウタイなんか手早く結べるくせに、時々見つめ合ったりなんかしながら殊更ゆっくりと丁寧に結んでいて、見てるこっちが照れてしまうくらい完全に二人だけの世界が出来あがっていた。
「あーもういやんなっちゃう」
 思わずロビンに泣きつく。
「いいじゃない。今日は二人にとって特別な日なんですもの。それに、とっても絵になるわ」
「絵になりすぎて余計にムカつくの!」
 うふふ、と笑うロビンを恨めしげに見上げると、「ナミは相変わらず可愛いわね」と頭を撫でられてちょっと気持ちが落ち着いた。
「ほら、できたぞ」
 後ろでそんなやり取りが繰り広げられていることに気づいているのかいないのか、ボウタイを結び終えたサンジ君が上から下までじっくりとゾロを眺める。
「うん、いいじゃねェか。元がいいから、着飾れば男っぷりが上がるな」
「てめェのその格好も悪かねェ」
 ちょっと、なに素直に褒め合っちゃってんのよ!? たしかに最近は私達の前でも親密な様子を隠さないことも増えてきたけど。それでも、私がいればサンジ君はゾロのことなんかほっぽってナミさんナミさんって甘やかしてくれるのに、今は私のことなんか目に入ってないみたい。なんか面白くない。そう思ったら勝手に体が動いて、無理やり二人の間に割り込んでいた。
「確かに素材もいいけど! スタイリングした私とロビンのおかげなんだから、二人とも感謝しなさいよね!!」
 ビシ! ビシ! と鼻先に指を突きつけて言い渡す私を、サンジ君はふわりと抱きしめた。タバコと、海の幸と、甘さもあるけどちゃんと男の人の匂い。大好きなサンジ君の匂い。
「ありがとうナミさん。本当に感謝してるよ。ロビンちゃんもありがとう」
「おう、ありがとな。ナミ、ロビン」
 後ろから、ゾロがポンポンと私の頭を叩く。ごつごつして大きな手。大好きなゾロの手。
 なんだか胸がいっぱいになって、熱いものが喉の奥から迫り上がってきた。
 ゾロとサンジ君、方法は違っても、それぞれに私のことを可愛がって大切にしてくれた。そうやってたくさんたくさん甘やかされてきたから、お互いしか見えてないみたいな二人に私だけ置いていかれてしまったような気がして寂しかったんだと思う。だから、私だってもういい歳なのに、幼い独占欲と嫉妬で大人気ない行動をとってしまった。それくらい二人のことが大好きだった。
 だけど、大好きだからこそ二人の幸せを誰よりも願っているのもまた事実で。
 喉の奥の熱いものをごくんと飲み下すと、私はニコッと顔いっぱいで笑った。
「分かればいいのよ。……二人とも、最高にカッコいいぞ!」
 サンジ君の腕から抜け出して、二人の首に手を回してぎゅうぎゅうと抱き締める。そんな私達を見て、後ろでロビンがクスクス笑ってる。ゾロもサンジ君も笑っていて、私もアハハと声を出して笑った。
 泣くのには、まだもう少し早いから。今はまだ、笑顔で。

 黒いガウンに金糸で刺繍の施された深紅のストール。伊達メガネまでかけて牧師に扮したウソップの前に、正装をしたゾロとサンジ君が腕を組んで立っている。
「ゴホン。えー、それでは、これからゾロとサンジ、二人の結婚式を執り行う!」
 それぞれに着飾って、後ろで見守る仲間がわーっと歓声を上げて拍手を送る。もちろん、私もその一人だ。
「えー、ゾロ、サンジ。二人は、この先何があろうとも、どれだけ喧嘩をしようとも、たとえ傍にいなくとも、命の炎を燃やし尽くすその日まで共に生きることを、我らが船長、ルフィに誓いますか?」
 神様ではなくルフィに誓うというのがいかにもこの二人らしい。神様には祈らないゾロと、たぶん神様なんか信じてないサンジ君。そんな二人が自分たちの結婚式の日に選んだのが、ルフィの誕生日である五月五日だった。
 組んでいた腕を離した二人が、向かい合うようにして後ろを振り向く。その視線の先にいるのは、トレードマークの麦わら帽子に真っ赤なコートを羽織った我らが船長。仁王立ちをして、真っ直ぐに前を見つめるその背中には、海賊王としての貫禄が漂っている。
「誓うぜ、ルフィ」
 まずゾロが声を張り上げた。
「おれも誓うよ、ルフィ」
 それから、サンジ君も。
 ニシシ、と昔から変わらない笑い方で笑うルフィに向けて、二人が揃いの指輪をつけた左手を突き上げる。ルフィも左手を突き上げてそれに応えた。
 眩しすぎるその光景に、ヒクッと私の喉が鳴る。
「それじゃあ、誓いのキ——」
 ウソップが最後まで言い終える前に、二人はそれはそれは幸せそうな顔をして、とびきり濃厚な誓いのキスをぶちかました。
 悲鳴と、歓声と、笑い声と、泣き声と。あちこちから賑やかな音が上がり、それを彩るようにブルックがバイオリンでビンクスの酒を奏でる。フランキーが盛大に男泣きをしている。そして私も。もう我慢しなくていい涙を次から次へとあふれさせる。鼻水まで垂らして泣きじゃくっていたら、後ろからロビンがそっと抱きしめてくれた。そのロビンの頬にも、涙の筋が光って見える。
「ゾロ〜! サンジ〜! おめでとう〜〜!!」
 まだキスをやめない二人の元へ、満面の笑みでルフィが突っ込んでいく。さっきの私みたいに二人の間に遠慮なく入り込むと、伸ばしたゴムの右腕でゾロを、左腕でサンジ君を、グルグルと巻いて抱き寄せる。

 ——海賊王の、両翼。
 
 白い服に身を包み、並び立つその内側に船長を抱く二人は、ルフィの背中に生えた翼みたいだった。どこまでも高く飛んでいけそうな赤と白の後ろ姿が、あふれる涙で滲む。
 気づけばブルックの演奏に合わせてみんなが歌い出していた。私も泣きながら笑って、大きな声で歌い出す。ルフィもゾロもサンジ君も、いつの間にかこっちを向いて、とびきりの笑顔で歌っていた。
 朗らかな歌声は、南風に乗って海を渡っていく。
 今までも、これからも。白紙の未来に大きく夢を描いていくルフィの隣にはゾロとサンジ君がいて、その隣には私達がいる。
 そうして続いていく長い長い航海の途中、今日という幸せな一日を、今この瞬間の光景とともに私はそっと心の航海日誌に記した。

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