『なあ、おまえって欲しいもんとかあんの』
コックにそんなことを聞かれたのは、たしかコックが仲間になってから少しした頃のことだったような気がする。
『アァ?』
『いやさ、魔獣なんて呼ばれる海賊狩りサマがどんなものを欲しがるのか気になるだろ?』
『……』
『それにほら、もうすぐおまえ誕生日だっていうし』
どこもかしこも片手で折れそうな細っこい体みたいに軽々しくて、女相手に垂れ流している賛辞のように甘っちょろくてくだらない戯言ばかりをペラペラと吐き出すその舌を切り落としてやろうかと、一瞬本気で考えた。
『くだらねェ』
いけ好かないアホ面をありったけの侮蔑を込めて睨みつける。するとコックは予想外だ、みたいな顔をしてから、『ハァァァァ!?』と叫びギャンギャンと吠えかかってきた。
うるせェし、相手をするのもバカらしい。耳障りな声を右から左に聞き流していると、突然腕を掴まれた。
『無視すんじゃねェ!』
『おい、離せ』
『いやだね、答えるまで離さねェ』
『——っふざけんな!!』
思いきり手を振り払うと、よろけたコックの目がひどく傷ついたとでもいうように揺れた。でもおれは知っている。このアホは、すぐにそれを押し隠してなかったことにしてしまうのだと。事実、まばたき一つの間にコックの目から痛みは消えていた。かわりに、怒りだけを湛えた目がおれを見る。
——本当にコイツは、おれの神経を逆撫でするようなことしかしねェ。
いつもいつも、本音は仕舞い込みやがって。別にそれ自体はコックの自由だし口出しするつもりはないが、だったら隠しきれよと思う。その中途半端さにムカつくんだ、こっちは。
舌打ちをしてコックに背を向ける。逃げるのか、と後ろからわざと煽るような声が聞こえたが無視をした。だいたいこれは敵前逃亡じゃねェ。おれは意味のない戦いはしないだけだ。あんな腑抜け、敵にもなりゃしない。
ただまあ、言われっぱなしも癪に触るわけで。
『仮に欲しいものがあったとして、誰がてめェに教えるか。……おれはな、欲しいもんは全部自分で手に入れる。与えられるなんてまっぴらだ』
背を向けたまま言い捨てると、今度こそその場を立ち去った。
*
「なーんてことを言ってたよなぁ、おまえ」
うつ伏せで上体だけを起こしたコックが、ニヤニヤ笑いながらこちらを見てくる。
「んで? 世界一の大剣豪サマは欲しいものを手に入れたんですかー?」
かわいくないことばかりを言う口を黙らせるべく、裸の肩に思いきり噛みついてやった。くっきりとついた歯形に満足し、今度はうなじを甘噛みする。
「いって! 痛いって、こら」
っとにケダモノだなてめェは、とボヤくコックをそのままのしかかるようにして腕の中に閉じ込める。
欲しいものならもう手に入れた。一筋縄ではいかなかったが、だからこそ、こうして大人しく腕の中に収まるようになった姿に感慨深くもなるというものだ。
ちなみに、一年のうち今日という一日だけはこの男の体も時間も何もかもを独占するという権利も、ここ数年でようやくおれが自力で手に入れたものだ。
そんなこと、口に出して教えてやったことはないし、この先も死ぬまで教えてやるつもりはないが。
クスクス笑ってキスをせがんでくるコイツは、もうとっくに知っているんだろう。
おれの欲しいものも、おれがもうすでにそれを手に入れたということも。