肩に乗るは、信頼

 空から落ちてくるローとゾロを見つけた時、おれはひどく焦った。
 ゾロが受け身をとらずに落ちてくるなんて、ただごとではないと思ったからだ。
 実際、ローはすました格好でおれの右肩へと納まったが、ゾロはといえばぐったりとして動かず、濃い血の匂いがやけに鼻についた。
 背中にかかる熱い吐息で辛うじて生きているらしいことはわかったが、おそらくかなりの重傷だ。
 医者にみせなければ、そうだ、都合のいいことにローがいるじゃねェか、と声をかけようとしたら先を越された。
 しかもあろうことかおれにゾロの処置を丸投げして、どこかへと走り去ってしまった。
 言いたいことは山ほどあったが、今この場で、ゾロの命を繋ぎとめることができるのはおれしかいない。
 そう、おれしかいないのだ。
「クソッ……!」
 悪態をつきつつも、応急処置ができる場所を探し、物言わぬゾロを抱えておれは走った。

 なんとか戦渦を免れた小部屋を見つけ、ゾロをそっと横たえる。
 口元に顔を寄せると、湿った熱が頬を撫でた。
 大丈夫だ、息はしてる。
 こいつはちゃあんと生きている。
 ほんの少し、知らずに詰めていた息を吐きだす。
 そういえばローが意識と呼吸の確保をしろと言っていた。
 もっと楽に呼吸ができるよう、軽く下顎を引き上げ気道を確保する。
 次は意識だ。
「ゾロ、ゾロ……おいクソマリモ!いつまでも寝てんじゃねェ!!くたばったらしょうちしねェぞ!!」
 ローがおれに丸投げしていったということは、つまりは素人に任せても大丈夫だと判断したということだ。
 だからきっと大丈夫。すぐに目を覚ます。
 そう思うのに、不安と焦りがおれを雁字搦めにして、祈るような気持ちとは裏腹に、言葉はどんどん荒くなった。
 なかなか目を覚まさないゾロに業を煮やして蹴り飛ばしてやろうかとも思ったが、どこか冷静な頭の一部分が揺らすのは危険だと警鐘を鳴らす。蹴り飛ばす代わりに、何重にもくるんで隠していた心の内が漏れ出したかのような、慈しむような優しさでもってゾロの頬にそっと手を置いた。
「……っ」
 その瞬間、わずかだがゾロから反応が返ってくる。
「おいゾロッ、わかるか?おれだ!目ェ覚ませ!!」
 畳みかけるように呼びかけると、小刻みに瞼が震え、うっすらと隻眼が見開かれた。
 ぼんやりと彷徨っていた視線が、やがておれの顔に焦点を結んだ。
「コッ…ク……?」
「ああそうだ、おれだ。いいか、おまえ骨が何十本も折れてるんだと。今から材料揃えておまえの体固定するから、それまで絶対に動くんじゃねェぞ!」
 そう言い置いて、副木と包帯を探さなければと踵を返そうとした時、ゾロの手がほんの僅か持ち上げられた。
「どうした、マズイ事態なのか?」
「いや……す、まん…頼む……」
 今この瞬間までは、おれの心の中には焦り、不安、恐れ、他にも言葉にならない数多の感情が嵐のように吹き荒れていた。
 なのに、ゾロのこのたった一言で、おれの心は凪いだ。

 ああ、こいつも変わったんだな。
 おれが、あのクソ忌々しいホールケーキアイランドを経て変われたように。

 スリラーバークでの一件。
死に花咲かせると言ったおれを、ゾロは峰打ちで沈めた。
 おれじゃあ役不足ってことか?
 おれは、おまえの野望をつなぐことすら許されないのか?
「何もなかった」って、おまえは全部一人で抱えてしまうのか?
 頼るまでしなくてもいい、だけど、ほんの少し肩を貸すことも、おまえは拒むのか?
 信頼されていない訳じゃないのは分かっていた。でも、肝心な時におれにその一端でも共に抱えることを許さなかったあいつが——。

「ハハッ、頼む、か……」
任せてくれるんだな、おれに。
やっと、肩を貸せるんだな。
おまえの横に、並び立っていても、いいんだな。

「いいぜ、このおれに任せとけ!」

 全身固定してグルグル巻きにされておれに担がれながら、寝てんだよ、こいつ。
 そうかよ、おれの傍はそんなに安心できるか。
 嬉しくて、照れくさくて、悪態をつく。
 だけど安心しろ、頼まれたからには応えなきゃ男じゃねェからな。ちゃんとおまえを連れて行ってやる。
 だからそれまでは、おれの肩でしっかり寝て回復しろよ、クソダーリン。

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