最初、月が二つ出たのだと思った。
天頂近くへと昇り、柔らかく、しかしどこか陰りのある光で夜空を照らす月とは別に、船尾の方に儚くぼんやりとした光があった。
よくよく見ると、その光は人型をしており、棚引く煙でこの船の料理人だと分かった。闇に溶けて消えてしまいそうな危うさがあり、立ち去ることも、話しかけることもできずに、あいつが立ち去るまで息を殺してずっと眺めていた。
あの日以来、あいつを目で追いかけるようになって気付いたことがある。昼間はあいつは光らない。薄暗い食料庫で作業しているのを何度も見かけたが、一度だって光を纏ってはいなかった。
光るのは、夜だけだ。皆が寝静まった後、片付けと明日の仕込みを終えたコックが船尾でタバコを数本吸う間に、小さな光が少しずつ体を包んでいく。初めて見た時は儚くぼんやりとしていた光は、日を追うごとに輝きを増し、今や眩いくらいの強い光を放っていた。
光が強ければ影もまた濃い。あいつを包む光が輝きを増せば増すほど、影の部分、つまりあいつ自身が胸の内に抱える何かの存在をおれは感じるようになっていた。感じると言っても輪郭すら朧だったが、その存在を感じる時、同時に温かさと切なさがない混ぜになったものが胸にそっと入り込んできた。不思議と、悪い気はしなかった。
ただ、輝きを増していく様はまるで命そのものを燃やしているようで、風が吹けば消えてしまいそうな危うさに満ちていて、やはりおれは、あいつが立ち去るまで息を殺してずっと眺めているのだった。
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朝の仕込みを終え、寝る前に海を眺めながら一服する。
その時間にだけ、おれは心の鍵を開ける。
昼間は駄目だ。万が一あいつに、他の仲間に、気付かれることがあってはいけない。あいつとは、喧嘩して、競い合って、いつまでも船長の両翼として対等な存在でありたかった。だから、緑髪の剣士に仲間として以上の感情を抱いているなんて絶対に知られる訳にはいかなかった。
だけど、一人きりになれるこの時間だけは。昼間押し殺した気持ちをそっと取り出し、眺め、前にも後ろにも進めない苦しさに身を焦がし、また大切に仕舞って鍵をかけるのだ。
そんな時間を過ごすうち、いつからかおれの夜に光るようになっていたらしい。らしい、というのは最初に気付いたのは自分ではないからだ。寝惚けてトイレに起きてきたチョッパーに言われて、おれは初めて自分が光を放っていることを知った。それからしばらく自分を観察することで、夜にタバコを吸いながら、心の鍵を開けている時だけ光るということがわかった。
心配したチョッパーが調べてくれて、おれについた診断は「ほたる症」。なんでも、未成就の恋心が光になる病気なんだそうだ。こんな病気だなんてことが皆に知られてしまえば、おれがこれまで必死に心の奥底に仕舞ってきた想いまで露見してしまう。それだけは絶対に避けなくてはいけない。
だから、このことはおれとチョッパーだけの秘密だ。おれが皆には言わないで欲しいと頼んだ時、この船の立派な船医である小さなトナカイは「男と男の約束だ」と真っ直ぐな目で見上げて約束してくれた。
「ほたる症」は、蛍という名前の虫が由来らしい。蛍は、卵でも幼虫でも蛹でも光るが、成虫が光るのはオスとメスの出会いのためだと本に書いてあった。光で会話するなんて、虫のくせにロマンチックだ。
出会い結ばれ、命を燃やし短い生を終える蛍と、どんなに身を焦がしても結ばれず、燃え尽きることもできないおれ。或いはおれがレディだったら……いや、そんな「もしも」が起こる日は来ない。それを知っていても、おれはこの気持ちを捨て去ることができないから。
今日もまた、秘かに閉じ込めた想いを胸に唯々身を焦がすのだ。
鳴かぬ蛍が身を焦がす
